ふるさとの手帖

市町村一周の旅

唐津市から佐賀市へ。雨が早まって。【旧市町村一周の旅(佐賀県|12月14日―252日目)】

唐津市から佐賀市へ。雨が早まって。【旧市町村一周の旅(佐賀県|12月14日―252日目)】

今日までの旅メーター

訪れた政令指定都市の区の数 【81/175】

81/175
46.29%
訪れた旧市町村の数【719/2,094】
719/2094
34.34%
総計【800/2,269】
800/2269
35.26%

スーパーカブの総走行距離
20720km

旧相知町→旧厳木町→旧富士町→旧三瀬村→旧大和町、の5つ。

唐津市から佐賀市へ。雨が早まって。(2023年12月14日(木)―252日目)

8時過ぎに唐津市を出発して、今日は佐賀市を目指していく。天気予報では、16時ごろから雨が降るとはっきり出ていたので、それに間に合えば良し、と意気込んでいたわけだが、12時過ぎには雨が降り出して……。

それでは振り返って行こう。

旧相知町(唐津市)

最初にやって来たのは、旧相知町。「おうち」と読むとは、恐れ入ります。

松浦川と厳木川の合流地点にまちが広がっていて、あいにくの曇り空だったけれど、晴れていたらすごく気持ちのいい風景なんだろうなと思った。

そして、山奥にある鵜殿石仏群へやってきた。どうやら、山の中に石仏が掘られているそうだ。カラスと小鳥が鳴く森の中へ、ひとり心細い気持ちで進むと、大仏様が石にたくさん彫られていた。洞穴のような場所にも、大きな顔があった。14世紀から16世紀にかけての、山岳仏教の信仰の文化だそうだが、信仰の導く力というものには、相変わらず驚かされる。500年後も、仏教の信仰はしっかり残っているなあ。

石仏群が現れた。
あちこちに。

ドキッとした。

あとは、川沿いの風景や相知駅の周辺を散策した。厳木川では鴨たちが気持ち良さげに泳いでいたのだった。こんなに寒いのに、寒くないのかなあ、って。

相知市民センター。
鴨たちがスイスイ。

旧厳木町(唐津市)

次にやって来たのは、厳木(きゅうらぎ)町。難読漢字が続く。相知と一緒で、ぼくは最初まるっきり読めなかったわけだけれど、唐津の人たちは当然のごとく読めるので、地名って面白い。
 
最初に、「環境芸術の森」という場所を目指した。森までかなりの坂道が続き、どんな森なのだろうかと想像が広がる。
 
入場料を支払うと、手入れをしていたおばさんに、「あの建物で券を見せてくださいね」と案内してもらう。その建物に入ると、別の女性が掃除機をかけていたところで、迎え入れてくださった。
 
その方に話を伺うと、環境芸術の森は、ひとりの男性が作り上げたという森だった。作者である鶴田正明氏は、「森は海を育てる」という思いで、40年以上かけてこの森を作り上げていったという。きっとここで働いている人たちは、その思いを背負っている。
 
そして、建物の机が漆塗りで鏡張りのように反射するらしく、SNSではその景色に反響があるとのことだった。ここ数年、特に紅葉の季節になると、その写真を撮りに多くの人が訪れると。なるほど、写真映えが人気を呼んで嬉しい反面、森への思いが正しく伝わるかどうか、板挟みというところなのかな。と思ったりもしたけれど、そのあと森を散策して、元々は竹林だったというこの敷地が、これほどまでに立派な森になっているとは、すごいなあと思わずにはいられなかった。
厳木市民センター。
今日、日差しが出たのはこの数分だけでした。
環境芸術の森へ向かう途中。かなり山を登った。
環境芸術の森へ。「森は海を育てる」
こうするといい感じに撮れますよと、ぼくも写真を撮ってもらった。
心が美しい森だった。
道の駅 厳木から。
道の駅で圧倒的存在感だった、佐用姫像。厳木にいたとされる豪族の娘。

旧富士町(佐賀市)

唐津市の長い旅が終わって、ここからは峠を越えて、佐賀市を目指していく。峠は寒いかなと覚悟していたけれど、なんとかなるぐらいだった。
 
そして、旧富士町にやってくると、古湯温泉の温泉街が現れた。最初に見えたONCRI(おんくり)の建物が新しく立派でかなり目立っている。それから英龍温泉などがある温泉街を散策した。石畳で雰囲気がしっかりある。斎藤茂吉が来ていたという看板も見つけた。
 
温泉に入るかどうか、だいぶ迷って、「ええい、入っちゃおう!」と、ONCRIの日帰り温泉に入ることにした。入浴料は1300円、お昼ご飯は抜きかなと思いながら。
 
少しだけぬるめのお湯で、露天風呂からは山並みがドーンと見えて、ああ、今日は終わりにしないかい…という気持ちで。せっかく体があたたまっても、これからまた冷えるだろうし。
古湯温泉。奥の建物がONCRI。
温泉街だ。
英龍温泉。焼き芋も売ってた。

旧三瀬村(佐賀市)

温泉で体がぽかぽかになったあと、旧三瀬村へ向かった。旧富士町からは、思いのほか近くて15キロほどの移動だ。
 
旧三瀬村に着いたら、最初はまちを散策しようと思っていたのだが、ここで雨が降り始めたのだった。まだお昼時、夕方から雨の予報なので、すぐに止むだろうと。しかし、雨が止まない。むしろ、強くなってきた……。というわけで、旧三瀬村にある「三瀬そば」で雨宿りを兼ねて、お昼ご飯にすることにした。温泉で1300円使ってしまったので、お昼ご飯は抜こうかな、なんて思いもあったけれど、雨だからね、仕方ないですし、三瀬そばはすごく人気なのだなあと、事前リサーチのときから感じていて。
 
平日でも店内はすごく賑わっていた。とろろのお蕎麦をいただく。届いたときに、「お蕎麦が太い!」と思ったけれど、食べてみるとさらにコシがあって、歯ごたえがあった。今までの柔らかいうどん文化圏を卒業したような感じ。うまい!
三瀬そばへ。
すごく美味しかった。

ご飯を食べ終わった頃には止むかなと思った雨が、ぜんぜん止まない。ようやくレーダーを見ると、もう、雨雲がどっさりと来ているじゃないか。予報とちがーう! これは諦めなすって旦那。そそくさと合羽を着て再出発した。

三瀬支所。
不思議なモニュメント。
カフェもあった。

旧大和町(佐賀市)

旧三瀬村から、次は旧大和町へ向かって南へ進んでいく。雨脚はどんどんと強くなり、大雨になった。途中、道の駅大和でバイクを停める。そばには嘉瀬川が流れていて、渓谷の景色の中、晴れていたらすごく綺麗なんじゃないかなと、うっすら見える山並みから想像できた。
 
さらに南下していくと、赤い橋を越えたあたりから、平野の景色に変わった。肥前国庁跡の看板を見つけて立ち寄ってみる。奈良時代から平安時代中頃にかけて、肥前国の中心地がここにあったそうだ。旧大和町の地名も、そこからきているのかなあと思いを馳せる。
 
そして、中高生たちが、雨具を持たずに下校している様子が目立った。彼らも夕方から雨だという天気予報を信じていたのだろう。まったく、今日は意表をつかれたよね。細い道でずぶ濡れの男子三人組とすれ違ったとき、お互いにあわれむような眼差しで目が合って、三人のうちの一人が「寒いっす!」と挨拶をしてくれた。寒いよな、風邪ひくなよー!
旧大和町へ。
山並みが重なり合っている。
サンタさんだ。
道の駅大和。
嘉瀬川。
肥前国庁跡。
大和支所。
風邪引くなよー!

というわけで、今日の散策はここまで。天気に振り回された1日でしたが、無事に佐賀市まで到着することができて何よりでした。しばらくは不安定な気候が続きそうなので、無理せずに進んでいきます。

本日のひとこと
移動中に佐賀北郵便局を見つけて、佐賀北高校を思い出した。広陵高校との、あの夏の甲子園決勝のシーンがね。
(終わり。次回へ続きます)

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