ふるさとの手帖

市町村一周の旅

浄土ヶ浜に感動して、青の洞窟まで行った。【旧市町村一周の旅(岩手県|112〜113日目)】

浄土ヶ浜に感動して、青の洞窟まで行った。【旧市町村一周の旅(岩手県|112〜113日目)】

今日までの旅メーター

訪れた政令指定都市の区の数 【49/175】

49/175
28.00%
訪れた旧市町村の数【361/2,091】
361/2091
17.26%
総計【410/2,266】
410/2266
18.09%

スーパーカブの総走行距離
9320km

2023.07.27〜07.28
旧川井村→旧新里村→宮古市→旧田老町→旧玉山村→盛岡市、の6つ。

2023年7月27日(木)〜28日(金)浄土ヶ浜に感動して、青の洞窟まで行った。(日本一周112〜113日目)

こんにちは。昨日はそれほどハードな日程ではなかったのですが、ずーっと考えごとをしていて、気が散漫していたのでした。たまにありますよね、考えごとばっかり捗る日みたいなのが。

そして、昨日は宮古市の旧市町村を巡り、今日は盛岡市までやって来ています。昼間は暑いですが、天候にも恵まれて。それでは振り返っていきましょう。

朝、出発前の遠野市。
景色は息を呑む。

旧川井村(宮古市)

朝5時過ぎに遠野を出発して、「すごいな、こんなにも涼しいのか」と思った。すでに農作業している人も多かった。やはり、朝が涼しくて良いのだろう。途中で山越えをしたときに掲示されていた気温は「17℃」だった。

そして、旧川井村は宮古市でありながらも、内陸部に位置するまちだ。海とは違う世界で、畑も多い。のっそ、のっそとおばあさんが、一輪車に満杯のカボチャを乗せて坂を登っていた。

旧川井村へ。雲が低い。
蜘蛛の巣がすごい。
朝の光。

まちの中心部にて。まだ紫陽花も色がギリギリ残っている。

旧新里村(宮古市)

次にやって来たのは旧新里村。元々は「新しい里」だったのかなと思うと、止まることのない時間の流れを感じる。そして、旧新里村も海には面していない。今までは宮古市に対して海のイメージ強かったけれど、宮古市は山や里にだって囲まれているのなだあと、今回の散策で気づくことができた。

新里総合事務所。
りんごのバス停があった。
山に囲まれた中に、家が広がっている。
刈屋川。
とうもろこし畑を見つけた。

宮古市

そして、次にやって来たのは宮古市だ。前回の旅では、浄土ヶ浜を展望台から見ていた。だから今回は、近くまで行ってみようと。

すると、海がほんとうに透明で、その先に見えた浄土ヶ浜も、なんじゃこりゃと思った。鋭く削られた岩石が、海から飛び出ながらも連なっている。青森の仏ヶ浦が思い浮かんだが、やはり極楽浄土とはまさしくこのように見事な景色なのだろうかと。

1500円を支払って、青の洞窟まで行けるボートにも乗った。今日行かないと、後悔するに決まってる。

最初にラサの大煙突を見た。高さは160mもある。
住宅地。
浄土ヶ浜へ。

文字通りの浜だ。
青の洞窟に行くボートに乗った。
地元の中高生かな。

船に乗る手続きをするときも、若い男の子たちが手伝っていた。大学生ではないような気がして、多分、地元の中高生なんじゃないだろうか。アルバイトというよりも、手伝いをしながら海を泳いだり、ボートに乗ったり、そういう地元の夏休みがあるように感じた。彼らからしたら最高なんじゃないかな。友だちとこの海で過ごせるってことだもの。

出発。そしてヤマネコ。

黒い体は生まれて間もないヤマネコ。
浄土ヶ浜の岩石たち、間近で見てもすごかった。

この先が青の洞窟だ。

光が差し込むことで、青く見えるのだそう。奥には潮吹岩があって、一度バッサーと、おおきなしぶきが上がった。
大冒険だ。

青年。さっきまで濡れてなかったので、ボートが帰ってくるまでに、海へ飛び込んでいたに違いない。いいねー。

旧田老町(宮古市)

そして、宮古市の旧田老町を訪れた。「たろう」と読むし、道の駅やほかの看板も、平仮名で表記されていることが多くて、脳内で「太郎」に変換されることもしばしば。好きになっちゃう名前だよなあ、たろうって。

震災遺構の“たろう観光ホテル”を通り、三王岩を目指した。

田老駅。
夏な郵便ポスト。
奥には野球場も。
たろう観光ホテル。
東日本大震災で、4階まで浸水した。
三王岩のある海岸線。
こちらが三王岩。下から見たら、さらに大きいだろうな。
高い防潮堤。
人形がにぎやかなカフェだ。

そして、今日は宮古市の「ゲストハウス3710」さんに泊まったので、もう一度宮古市内へ向かった。

「君は将来を考えているか」

「福」さん。こちらでワンタン麺を食べた。

汗だくになった。ご馳走様でした。

ゲストハウス3710さん。

5年前、できたばかりの3710さんに泊まって、その日が秋まつりだったから、サンバの山車引きに混ぜてもらったという楽しい思い出がある。そのときのオーナーさんがまだいらっしゃって、微かに覚えてくださっていた。

あのまつりは、最高だったんですよ。まだ、囃子のリズムも歌えますもん。

旧玉山村(盛岡市)

そして、翌日は宮古市から一気に120km走って、盛岡市の旧玉山村にやって来た。盛岡市は今まで何度か来たことがあるけれど、コンパクトでありながら、洗練された盛岡の気配とはまた違っていた。盛岡の中にある落ち着いた静けさを、より一層閉じ込めたような場所。

旧玉山村へ。
畑と岩手山。
ホップ畑だ。

ほかにもいろんな畑があって、そちらは何が育てられているのかよくわからなかったけれど、ホップ畑だけはすぐにわかった。遠野で鍛えてもらったおかげだ。盛岡にもあるのだなあと。

常光寺へ。石川啄木の生誕の地。

そう、玉山という土地が、石川啄木のふるさとだと思いながら歩くと、あらゆる静寂が、木々のざわめきが、蝉の鳴き声が、正解に思えてくるのだった。

立派な木だ。

切り株に花。

蝉の抜け殻。
丘と岩手山。
玉山総合支所。

盛岡市

盛岡市では、最初に岩山展望台へ行った。原付で行けるところを目指したいし、盛岡のまちなみを見てみたかったから。展望台に上がると、まちは山に囲まれていて、よくできたまちだなあと思った。岩手県の地形を見ていると、やはり盛岡というまちは、盆地の広がり方がちょうどいいように感じられたけれど、その通りだなと。

そのあと、BOOKNERDさんに行って、本を一冊買った。マスターと少しだけ話したけれど、全然ダメだったな…。田舎者丸出しだった。盛岡というまちはとても輝いていて、ちょっとだけ遠くに感じられる。

写真は数日前に撮ったものも一緒に。

数日前の盛岡駅。
駅のカフェから撮った。
エスカレーター。
高校生がフレッシュだ。
これから部活だよね。
別の日、気仙沼から帰ってきたとき。
この岩手山は浮かび上がるようですごいと思った。
そして今日、岩山展望台から。
盆地にぎゅっと集まったまちだ。
最後の一枚。街中で。

というわけで、散策はここまで。岩手県の旅もここからは後半戦だ。そして、徐々に青森県が近づいているけれど、8月の青森はどこもかしこも「お祭り戦闘モード」で、すでに宿が全然空いていない。このピンチを、うまく乗り越えられるのか…。という次回予告が、ぼくの脳内で、流れている。

本日のひとこと
宮古市から盛岡市の長距離移動で、ガソリンがまずいという状況になった。ガス欠が何度も脳裏をよぎったとき、ローカルなガソリンスタンドがすっと現れて、あんなにも嬉しい感覚はなかった。耳にピアスをいくつもした強面のお兄さんが、ガソリンを入れてくれた。声も仕草も優しい人だった。
(終わり。次回へ続きます)

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