ふるさとの手帖

市町村一周の旅

水郷には6月の季節が似合う。【旧市町村一周の旅(茨城県・65日目)】

水郷には6月の季節が似合う。【旧市町村一周の旅(茨城県・65日目)】
旧波崎町→旧神栖町→旧潮来町→旧牛堀町、の4つ。
2023.06.10
  • L1001274
  • L1001293 1
  • L1001304 1
  • L1001330
  • L1001343
  • L1001351
  • L1001375
  • L1001430
  • L1001446
  • L1001495

今日までの旅メーター

訪れた政令指定都市の区の数 【44/175】

44/175
25.14%
訪れた旧市町村の数【205/2,091】
205/2091
9.80%
総計【249/2,266】
249/2266
11.00%

スーパーカブの総走行距離
5000km

2023年6月10日(土)(日本一周65日目)

更新が遅くなりました。ようやく旅も再開です。茨城に滞在しつつも、数日前までは撮影で西日本に行っていました。「カブで!?」と友人に言われましたが、それは無理です…(笑)

雨と出張が重なって、茨城県では龍ケ崎市で、知り合いのご夫婦のおうちに長くお世話になりました。不在の期間も含めて二週間。食事もお風呂も洗濯も、ずっとお世話になっていました。もちろん、手伝いをしなきゃという気持ちに駆られて、食器を洗ったりするのですが、「いいのよ、食器はそのままで!」とお母さんは毎回仰るので、それでも洗ったり、今回は控えたり…みたいなやりとりが、何度もありました。

なんと言いましょうか。前回の旅で知り合ってお世話になり、2回目の訪問でした。それでもやっぱり、親戚でもない人が家に泊まりにくるとなると、気を遣うと言いますか、煙たがるわけではなくても、無理をしてしまうことって、あるんじゃないかなと思います。ぼくが逆の立場なら、そうした感じがあります(なんてヤツだ)。ですが、ご夫婦はほんとうに気持ちが晴れやかで、「自由にしていいのよ。ほんとだから」という言葉が、まったく表面上ではなくて。すごいなあと、ほんとうに思います。東京物語の紀子さんです。損得勘定ではない、心の晴れやかな大人。自分もそうありたいと思うばかりでした。

ほんとうにありがとうございました。

波崎海水浴場―旧波崎町(神栖市)

鹿島郡波崎町
2005.08.01神栖町へ編入。
さて。そして、まだ関東地方を彷徨っているものの、ここから関東地方のラストスパートを目指す。次回の仕事はおそらく7月にひとつで、それまでの1ヶ月間は、休まずに行く気満々だ。ただ、しっかり梅雨入りした日本列島。天気予報を見るのが多少怖い。もう、明日だって一日雨予報だもの。
 
昨日の午後に龍ケ崎市を出発して、夕方には鹿嶋市へ着いた。昨日は移動日だけにして、ちょっとずつ体を慣らすつもりだった。今日巡るまちも合わせて4つで、少しペースを抑えている。徐々に順応する登山と一緒だ。いや、もちろん一緒ではないのだけれど。

旧波崎町は千葉県の銚子市と隣り合わせだが、茨城県の中でも相当な東南端に位置する。そして、波崎海水浴場は、その中でも最も端っこだ。出発した鹿嶋市の市街地からは30km以上も離れている。日本橋から横浜に着いてしまう距離というわけだ。
送電線だ。

向かう道中、鹿嶋市で大量の送電線に出会った。やはり火力発電所があるらしい。

旧波崎町へ。

今度は風力発電が見えた。住宅街からもおおきなタービンが見える。

波崎海水浴場に着いた。
この人は裸足だね。
まだ6時台の海。
それでもサーファーの朝は早い。

裸足の足跡は新しい今朝のもの。誰の足跡かといえば、きっとサーファーに違いない。

海にはゴミもたくさんある。

だから、日本にも海ゴミアーティストがいる。その人はとてもかっこいい。

海鳥と足跡。
砂浜はずいぶん広くて、少し離れた砂浜に溜まる水は雨の水たまりなのか、海水なのか、どちらなのだろうと思った。舐めたらわかったかもしれない。
銚子大橋。

海水浴場からすぐ近くの銚子大橋を見た。橋の向こうは千葉県だ。渡らなかったけれど、向こうからは千葉ナンバーの車もどんどんやって来た。

息栖神社―旧神栖町(神栖市)

鹿島郡神栖町
2005.08.01波崎町を編入。
次は、旧神栖町の地域を目指そう。東国三社である息栖神社へ行くことにした。5月に香取市の香取神宮を参拝したから、せっかくなら三社すべてに行きたいという、「せっかく精神」である。ただ、同じ神栖市の波崎海水浴場から、息栖神社までは26kmというナビが出て、神栖市も長いなあというか、波崎が遠いのだなあということを実感した。
東国三社息栖神社。
力石と呼ばれる石。

力自慢たちがこの石を高々と持ち上げて競ったらしい。看板の解説には、「祖先たちの青春時代の遺物」とあって、どんな時代にも青春があるのだなと。

この里は 気吹戸主(いぶきとぬし)の 風寒し 芭蕉

芭蕉の句もあった。訪れた日は寒かったのだろう。スルーしてしまうことも多いけれど、芭蕉句碑はあちこちで見かける。大旅人だ。

茅の輪、くぐります。
お邪魔しました。
東国三社の中では、いちばん小さな神社である。でも、「息栖」という名前のかっこよさは、香取にも鹿島にも劣らないのではないだろうか。息吹の如き力強さがある。

水郷潮来あやめ園―旧潮来町(潮来市)

行方郡潮来町
2001.04.01牛堀町を編入。
あやめ園の前に、「潮来」といえば難読漢字だろう。前回の旅で、「いたこ」と読むことを初めて知ったとき、衝撃だったのをよく覚えている。来を「こ」と読むのはわかるけれど、潮のどこに「いた」と読む要素があるというのか。でも、諸説があるみたいで、潮を方言として「いた」と呼んでいたという説があって、地名は歴史を表していることをつくづく感じる。まあ、恐山の「イタコ」はカタカナで表記されるし、いたこの名前は不思議だ。
 
さて、そして、水郷潮来あやめ園は、ぴったりあやめの季節で、お祭りがあるようだった。まだ朝の時間帯だが三味線の音色と懐かしい歌声の曲が流れ、すでに人出もあり、お祭りムードが広がっている。
水郷潮来あやめ園。

ちなみに、似たスポットとして香取市にも「水郷佐原あやめパーク」がある。似ているので、先日まで混同していたけれど、水郷佐原あやめパークは入園料を払って見学するタイプで、水郷潮来あやめ園はフリーで歩くことのできる公園タイプだ。ただ、今日はお祭りで駐車料金が発生していた。

嫁入り舟。毎年公募で選ばれるそうだ。

19時半からの舟って、すごいな。

あやめもしっとり咲いている。
浴衣と和傘。素敵だ。
梅雨時でも、潮来にとっては、賑わいの季節なんじゃないかなあ。そう思える祭りの気配だった。

あじさいの二本松寺―旧牛堀町(潮来市)

行方郡牛堀町
2001.04.01潮来町へ編入。
少し早いけれど、今日の最後、旧牛堀町へ向かう。どうやらあじさいで有名なお寺があるようで、訪れることにした。そのお寺の名前は、二本松寺。道中も、「あじさいの杜」というのぼりがいくつも立っていて、どうやらピッタリ見頃かもしれない。
杖をご自由に。ということは、急坂なのであろうか。
一週間前からあじさいまつりが始まったそうだ。
おお、咲いているなあ。

入場料400円を支払って、いざ境内へ。期待もしつつ、期待しすぎてもいけないかなあと思っていた。お寺が悪いのではない。なぜなら、あじさいはどこにでも咲いているし、ここに来るまでに、あじさいを見かけなかったわけでもなかったから。

だが、しかし。である。すごかった。今まででいちばんと言ってしまうのは尚早でリスキーかもしれないけれど、過去に出会ったあじさい群の中でも、飛び抜けていた。

フラワーガーデンのような場所は、「質」と「量」に分けられるように思う。園内が美しく整備され調和が保たれているかどうかという「質」と、圧倒的な「量」による景色。いずれかを比重にアピールポイントをつくる。だが、この二本松寺のあじさい園は、質と量のどちらも兼ね備えた、スーパーガーデンだった。

序盤は下り道がひらけて、田んぼとあじさいがマッチする。何より赤土の道路が良い。後半は石畳に変わり、上り坂だ。その傾斜部に、さまざまな色と種類のあじさいが一面咲き誇る。自然に包まれた杜(もり)の中に立ったとき、見渡す限りのあじさいが咲いているのである。

お寺だったことを忘れていた。参拝した。

いやあ、最後に社殿に戻って、お寺であったことをすっかり忘れてしまった。あまり写真を撮らないであろうスマホのおじさんも、バシャバシャ夢中で写真を撮っていた。それは世界が魅力だからだ。とても良かった。

ちょっとだけ寄り道。水郷北斎公園。

東国三社最後の、鹿島神宮。

旧市町村の散策はここまで。ただ、最後に鹿島神宮へ寄って、「香取神宮」「息栖神社」「鹿島神宮」と東国三社を巡ることが出来た。二社まで巡っていながら、「二社しか巡りませんでした」って、ものすごく後悔しそうだったので。

鹿島神宮 西の一之鳥居。

鹿島神宮も賑わっている。

鹿園があった。鹿の島、だもんね。(由来は違うようだ)

あやめもあじさいも、6月の季節が似合うなあと。降りすぎるのは嫌だけれど、そばには雨がいてもいい。そう思えた一日だった。

本日のひとこと
鹿島神宮の土は、雪を踏むみたいに「しん、しん」としっとりした音がしました。

(次回へ続きます)


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二見書房編集部noteにて、「旧市町村日誌」も更新中です。

旅についての心境を、日記形式で書いています。ブログにまとめきれなかったことも残せたらと思います。

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