ふるさとの手帖

市町村一周の旅

川と霞ヶ浦、豊かな水に囲まれた地で。【旧市町村一周の旅(茨城県・56日目)】

川と霞ヶ浦、豊かな水に囲まれた地で。【旧市町村一周の旅(茨城県・56日目)】
取手市→旧藤代町→旧新利根町→旧東町→旧桜川村→旧江戸崎町、の6つ。
2023.06.01
  • L1009206
  • L1009212
  • L1009228
  • L1009277 1
  • L1009289
  • L1009296
  • L1009334
  • L1009346
  • L1009388

今日までの旅メーター

訪れた政令指定都市の区の数 【44/175】

44/175
25.14%
訪れた旧市町村の数【201/2,091】
201/2091
9.61%
総計【245/2,266】
245/2266
10.81%

スーパーカブの総走行距離
4911km

2023年6月1日(木)(日本一周56日目)

更新が久しぶりになってしまいました。ご無沙汰しています。気づかないうちに、いや、きっとみなさんも気づいてはいるけれど、6月になりました。これまで印象に残っている6月、あまり覚えていない6月、いろいろあるかと思いますが、ぼくが旅に関する6月で覚えているのは、前回の市町村一周の旅で、北海道に向かったことでした。

そのときの記事を今更ながら見てみましたが、ハイペースだなあと(=決して悪くはない意味で)。話せばカクカクシカジカですが、このときは初日に怪我した全治3ヶ月の右膝の怪我が治癒したばかりで、「早く進みたくてしょうがない」時期でした。同時に、「市町村一周は現実的ではないかもしれない」とも思っていたので、市町村を巡ることよりも、日本一周という体裁を保とうと、ハイペースで走っていた。そういう姿勢が見受けられるのでした。

今回の旅では、同じく6月に入りましたが、まだ関東地方にいます。北海道へ辿り着くのはいつになるのでしょうか‥‥。

ここ数日は、お世話になっているご夫婦に、美味しいパン屋さんに連れて行っていただいたり、
お孫さんのお手伝い姿に感動したり、
撮影にお出かけしたりしていました。

取手市

さて、久しぶりにスカッと冷え込んだ朝だ。スーパーカブのサイドミラーも、メーターも座席も、びっしりと露に濡れている。今まで取手市に訪れたことはあったが、駅の周辺しか訪れたことがなかったので、まちを走るそれだけでも新鮮さがあった。
いい朝だ。
河川敷の近くへ。

久しぶりにカブを走らせて景色を見ていると、田んぼの稲の色が変わった気がした。少し緑が青くなったのではないだろうか。

小貝川沿い。
そして、元々の取手市の地域を巡っているつもりが、小貝川沿いの河川敷は旧藤代町の地域だった。光が綺麗だったので、ちょっと間違えてしまった。
取手総鎮守の八坂神社へ。

あらためて、取手総鎮守の八坂神社へ訪れた。鳥の囀りが聞こえる。

旧藤代町(取手市)

北相馬郡藤代町
2005.03.28取手市へ編入。
旧藤代町は2005年に、取手市へ編入された。前日、お世話になっているおうちの方々と話をしていて、「取手にはカップ麺の煙突をした日清の工場が、国道6号線沿いにあるよ」と教えてくださった。住所は旧藤代町である。
 
見つけた。工場が稼働しているときは、カップ麺から煙がまさに湯気のように立ちのぼるらしい。
取手市の藤代庁舎へ。
広場みたいだ。

ここから、カブに乗って藤代駅まで行こうと思っていたが、2、3人ほど駅の方角に向かって歩いている人を見た。なるほど、これぐらいの距離は徒歩圏内と捉えているのが地元の人の感覚か‥‥。そう思ったのでぼくも駅まで歩いてみることにした。

藤代駅へ向かう。
藤代駅。

まだ朝6時半だが、駅には電車を待つ人がそれなりにいる。常磐線上りの上野方面は、水戸方面の5倍ほど人が並んでいた。

旧新利根町(稲敷市)

稲敷郡新利根町
2005.03.22江戸崎町、桜川村、東町と合併。
藤代からは、稲敷市へ向かった。稲敷市は4つの町村が合併したまちである。かつても稲作地帯が多く広がっていたが、洪水にも悩まされる土地であった。そして、江戸時代前期の1600年代に、利根川と霞ヶ浦間を掘削して出来上がったのが、「新利根川」だ。ただ、完成以後も戦後まで洪水被害が続いていたが、昭和40年(1965)には、いよいよ治水事業が完成したのだった。
 
だから、思うのだ。治水事業が完成された40年後、市町村合併で新利根川町がなくなってしまったことは、同じ稲敷郡として、もしかすると仕方がなかったことかもしれないが、江戸時代の人々が名づけたであろう「新」の文字が、21世紀には「旧」に変わってしまうのだなあと。ややこしく言えば、「旧新利根町」なわけである。
建物と田園風景が多く広がっていた。
新利根総合運動公園辺り。
飛行機も大きい。

ここで見る飛行機の大きさは「大きいな」と直感で感じるサイズだった。成田空港まで30kmほどの距離だ。

野球のスコアボード。
素直な心を持っていると思う。
天台宗、慈雲山逢善寺へ向かう。

逢善寺へ向かう道中、住宅街の気配が何かに包まれているような静けさに変わった。

天台宗、慈雲山逢善寺。

法華一乗の大乗仏教を説いた最澄は、805年に天台宗をひらいたと言われている。そして、逢善道人がこの地に逢善(ほうぜん)寺を創建したのは828年。逢善は最澄の弟子とのことだが、インターネットでは詳しい文献を読めなかったので、どこまで正しいかはわからない。ただ、お寺に関していえば、二度の火災に遭ったのちに再建された1842年から現在まで、約180年の歴史を感じることができる。

建物は静かに堂々と。
県の有形文化財にも指定されている建物には、知らない時間がたくさん詰まっていることを思い浮かべた。

旧東町(稲敷市)

稲敷郡新利根町
2005.03.22江戸崎町、桜川村、新利根町と合併。
旧東町(あずままち)も中心に新利根川が通っている。やがて東に進んで行くと、千葉県香取市も近づいてきた。
変わらず田園風景が美しい。
新利根川。堤防が自然そのまま。
土と花が新しいなって。
横利根閘門ふれあい公園へ向かう。

横利根閘門ふれあい公園へ向かった。この辺りは香取市とも大変近い。そして、あちこちで釣りを楽しむ人々がいた。

パラソルがあたりまえなのだなあ。
小舟に乗って。
いい看板だと思ったけれど、スロット専門店かあ、とも思った。
釣り人とサギ。
わあ。
横利根閘門(よことねこうもん)。閘門は水位を調整する堰でもあり、水位を調整して船を運航させる施設でもある。そして、珍しい煉瓦造りだ。
水が身近にあることを感じた。

旧桜川村(稲敷市)

稲敷郡新利根町
2005.03.22江戸崎町、新利根町、東町と合併。
茨城県の県西部には「桜川市」が存在するが、ここは「旧桜川村」だ。桜川市も、違う名前の3町村が合併して現在の市が誕生している。同市が誕生した時期は2005年10月なので、旧桜川村と同時に存在してはいないはずだが、少し時期がずれていたり、旧桜川村が合併しなかったりしていたら、同じ「桜川」の行政の名前が茨城県の中で二つ、同時期に存在したかもしれない。
 
妙岐ノ鼻と呼ばれる、霞ヶ浦浮島湿原。

奥に見えるのは川ではなく湖、霞ヶ浦だ。

霞ヶ浦に近い、和田公園へ。
同じく霞ヶ浦。対岸は茨城県の行方市。広いなあ。

自転車で気持ち良さそうにサイクリングする人も、複数人見かけた。湖とサイクリング。琵琶湖を一周するという話はどのような内容でも盛り上がるが、霞ヶ浦も一周するという話の流れがあるのかもしれないなあ。少なくとも一周100kmはあるようだけれど。

大杉神社へ。

豪華な社殿から、「茨城の日光東照宮」とも呼ばれる大杉神社。と言いつつ、御祭神は徳川家康公ではなく、倭大物主櫛甕玉大神(やまとのおおものぬしくしみかたまのおおかみ)だ。もちろん読めなかった。平日の昼時ではあるが、参拝客も少なくはなかった。

鳥居も煌びやか。
数え切れない「厄」が落とされている。
近くまで来たとき、「前回の旅で来たことがあるかもしれない‥‥」と思って、社殿まで上がると、「来たことあるぞ」と強めの確信に変わった。豪華な装飾の神社は多いわけではないから。果たして前回参拝したとき、夢があったとすれば、それは叶ったのだろうか‥‥。

旧江戸崎町(稲敷市)

稲敷郡新利根町
2005.03.22新利根町、桜川村、東町と合併。
最後にやって来たのは、旧江戸崎町だ。最初は「こもれび森のイバライド」というテーマパークに行こうかと思っていたが、江戸崎町の昔のまちなみに遭遇して、こちらを歩くことにしようと思った。大勢で賑わっているというわけではなかったが、土地の時間を感じる方が好きなのだ。
リバーサイド公園へ。

小野川(リバー)サイドにある公園で、小野川は霞ヶ浦に流れ出る。あらためて、利根川に限らずいくつもの川があるのだなあと思う。

ベンチから。
今日は船もたくさん見た。
ボルダリング?
何かのゲームに出てきそう。
コミュニティバスだ。
カメラ屋さん。
江戸崎商店街。時代を感じた。
「いなのすけ」さん。
ぼくひとりの人間が、「ここの商店街は良いぞ」とか「ここはさびれてしまっている」とか、そんなことを言ったところで、と思うことはよくある。それよりも、暮らしにはその土地で生活する人が関わっているのだから、今回の旅で深い縁が生まれずとも、そうした出会いが知らないところで今まで絶えず起きていて、その結果今日という日があるはずなのだと想像する。それを少しでも自分の中に増やす旅を、しているのである。
本日のひとこと
川沿いを走っていて、そういえば、気づかないうちに川の鯉のぼりが居なくなっちゃったな‥‥と思った。

(次回へ続きます)


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今回の旅をはじめる前に、自費出版の写真集「どこで暮らしても」を製作しました。東京23区を1200kmほど歩いて巡り、撮影した一冊です。売り上げは旅の活動費として、活用させていただきます。

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二見書房編集部noteにて、「旧市町村日誌」も更新中です。

旅についての心境を、日記形式で書いています。ブログにまとめきれなかったことも残せたらと思います。

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