朝、体が思いのほか軽くて、「わあ!」と思いました。きっと疲れで体が重いだろうなあと内心思っていたので。泊まっていた民宿清流さんパワーでしょうか。それでは、今日も振り返っていきましょう。また、旧久住町は後日もご縁をいただき訪問することができました。それも合わせて、まとめています。
今日までの旅メーター
訪れた政令指定都市の区の数 【86/171】
訪れた旧市町村の数【990/2,094】 総計【1076/2,264】スーパーカブの総走行距離
26724km
今日の旅先のこと
竹田市(1/4)
滞在した民宿清流さんでは近くに集落が点在していて、地元のおばあちゃんたちが、道路脇の草取りをしていました。「良い神社があるよ!」とおばあちゃんに道を教えてもらって訪れてみると、御神木がとても立派な神社で、気持ちよく参拝です。
そして翌朝。旧校舎を活用した宮砥工藝舎という場所で、「さをリ織り」作家である高木康子さんにお会いしました。というのも、後日竹田市を案内してくださった齊藤美絵さんの紹介で、突然ながらもオッケーをいただいて、民宿清流のご主人に工藝舎まで案内していただき、お会いできたのでした。高木さんは底抜けの明るさを持ったパワフルな女性で、自由さと強さのある織物の作品も見ていると、やっぱり作品には生き方がうつるのかなあということを感じたり。陶芸家のご主人もいらっしゃって、一緒にいろんな話をさせてもらいました。
その後、「音無井路十二号円形分水」、「岡城跡」、「瀧廉太郎記念館」へそれぞれ行ってみました。円形分水はほぼ宮崎県との県境にあり、水の流れが農家にとっていかに重要だったかと。岡城跡は2回目の訪問です。石垣は立派だし、柵がないので城跡から見える山々は迫力満点。ちょっと足がすくむぐらいです。そして、瀧廉太郎記念館は初めての訪問でした。瀧さんが夭折されたことは知っていたけれど、23歳で亡くなられたことを資料から見ていくと、やはりいろんな気持ちが入り混じります。生涯についてまとめられた14分間のビデオを見ました。ドイツの音楽学校に留学し、たった2ヶ月後に結核になり、帰国せざるを得なかったと。「やりたいことがもっともっといっぱいあったはずだ」という言葉もありました。それでも瀧さんが残した功績は、今も燦然と輝いている。自分も命を大切にすることです。人生は短し、芸術は長し。
滞在した民宿清流さんでは近くに集落が点在していて、地元のおばあちゃんたちが、道路脇の草取りをしていました。「良い神社があるよ!」とおばあちゃんに道を教えてもらって訪れてみると、御神木がとても立派な神社で、気持ちよく参拝です。
そして翌朝。旧校舎を活用した宮砥工藝舎という場所で、「さをリ織り」作家である高木康子さんにお会いしました。というのも、後日竹田市を案内してくださった齊藤美絵さんの紹介で、突然ながらもオッケーをいただいて、民宿清流のご主人に工藝舎まで案内していただき、お会いできたのでした。高木さんは底抜けの明るさを持ったパワフルな女性で、自由さと強さのある織物の作品も見ていると、やっぱり作品には生き方がうつるのかなあということを感じたり。陶芸家のご主人もいらっしゃって、一緒にいろんな話をさせてもらいました。
その後、「音無井路十二号円形分水」、「岡城跡」、「瀧廉太郎記念館」へそれぞれ行ってみました。円形分水はほぼ宮崎県との県境にあり、水の流れが農家にとっていかに重要だったかと。岡城跡は2回目の訪問です。石垣は立派だし、柵がないので城跡から見える山々は迫力満点。ちょっと足がすくむぐらいです。そして、瀧廉太郎記念館は初めての訪問でした。瀧さんが夭折されたことは知っていたけれど、23歳で亡くなられたことを資料から見ていくと、やはりいろんな気持ちが入り混じります。生涯についてまとめられた14分間のビデオを見ました。ドイツの音楽学校に留学し、たった2ヶ月後に結核になり、帰国せざるを得なかったと。「やりたいことがもっともっといっぱいあったはずだ」という言葉もありました。それでも瀧さんが残した功績は、今も燦然と輝いている。自分も命を大切にすることです。人生は短し、芸術は長し。
旧荻町(竹田市)(2/4)
旧荻町は小さなまちですが、道路のごく自然な風景から美しいなあと感じられました。豊後荻駅から市街地を散策していくと、昔からの整った町割りを感じます。碁盤目状なので、あれ、さっきの道じゃないぞ…と迷ったりもしました。そうした変わらない気配が続いているのも良いなあと。荻の里温泉が気になってもいましたが、まだ営業時間ではなかったので、荻神社に立ち寄ってみます。軽トラが一台停まっていて、地元のおじいちゃんがサッと参拝して去っていきました。ふだんから、そうした日常なのかもしれません。
旧荻町は小さなまちですが、道路のごく自然な風景から美しいなあと感じられました。豊後荻駅から市街地を散策していくと、昔からの整った町割りを感じます。碁盤目状なので、あれ、さっきの道じゃないぞ…と迷ったりもしました。そうした変わらない気配が続いているのも良いなあと。荻の里温泉が気になってもいましたが、まだ営業時間ではなかったので、荻神社に立ち寄ってみます。軽トラが一台停まっていて、地元のおじいちゃんがサッと参拝して去っていきました。ふだんから、そうした日常なのかもしれません。
旧直入町(竹田市)(3/4)
旧直入町は、長湯温泉が有名なまちです。「ラムネ温泉」という名称も広く知られているように思います。今回は、里山の風景に佇む「秘湯 ながの湯」で日帰り温泉にチャレンジしてみました。番台さんはおらず、無人料金箱スタイル。さすが温泉県。しかも、料金は200円でビックリ。湯船は古びたという意味ではなく、味わいという意味でのサビが素晴らしく、昔ながらの雰囲気が充満しています。湯口からはボコォ、ボコォ、と源泉が絶えず音を立てて流れ出ていました。長湯温泉は炭酸泉が有名ですが、今回はそれほど泡が肌に付かず。地元のおじいさんと挨拶をして外に出ると、ああ、体が軽い!この軽さを実感できるって、すごくありがたいなあと。
その後、長湯温泉の市街地にも訪れてみます。温泉街は道路の舗装が色付きで、とても良い雰囲気が広がっていました。いろんな名称の温泉施設があったことも印象的です。
旧直入町は、長湯温泉が有名なまちです。「ラムネ温泉」という名称も広く知られているように思います。今回は、里山の風景に佇む「秘湯 ながの湯」で日帰り温泉にチャレンジしてみました。番台さんはおらず、無人料金箱スタイル。さすが温泉県。しかも、料金は200円でビックリ。湯船は古びたという意味ではなく、味わいという意味でのサビが素晴らしく、昔ながらの雰囲気が充満しています。湯口からはボコォ、ボコォ、と源泉が絶えず音を立てて流れ出ていました。長湯温泉は炭酸泉が有名ですが、今回はそれほど泡が肌に付かず。地元のおじいさんと挨拶をして外に出ると、ああ、体が軽い!この軽さを実感できるって、すごくありがたいなあと。
その後、長湯温泉の市街地にも訪れてみます。温泉街は道路の舗装が色付きで、とても良い雰囲気が広がっていました。いろんな名称の温泉施設があったことも印象的です。
旧久住町(竹田市)(4/4)
旧久住町は、二度訪れることができました。一度目は自分で市街地を巡ったのち、くじゅう花公園へ。道中のくじゅう連山も絶景で、訪れるのは初めてだったので、こうした景色があったことを、今まで知らなかったなあとしみじみ。花公園は観光地ということもあり、カメラを持っている人も多く、今どきな気配も感じます。でも、くじゅう花公園の開園は1993年まで遡るとのことです。それを知って、花公園の印象が変わりました。これからも長く続いて欲しいですよね。
旧久住町は、二度訪れることができました。一度目は自分で市街地を巡ったのち、くじゅう花公園へ。道中のくじゅう連山も絶景で、訪れるのは初めてだったので、こうした景色があったことを、今まで知らなかったなあとしみじみ。花公園は観光地ということもあり、カメラを持っている人も多く、今どきな気配も感じます。でも、くじゅう花公園の開園は1993年まで遡るとのことです。それを知って、花公園の印象が変わりました。これからも長く続いて欲しいですよね。
さて、日付が変わって4月24日、永田ジョージさんのご縁で、齊藤美絵さんにお会いすることができました。齊藤さんは大分県のご出身で、現在は大分でラジオパーソナリティやフードパーソナリティとして、幅広くご活躍されている方です。初めましてだったのですが、お忙しいところ時間を作ってくださり、旧久住町を案内していただきました。
訪れたうちのひとつが、「久住高原 童心回帰農場」です。迎えてくださったのは、“ルン爺”と“しのぶさん”、というとっても素敵な二人。童心回帰農場は言葉そのままに、大人が童心にかえっても良いんだよ、というのびのびした場所でした。ぼくはひとりで草そり、ブランコ、トロッコにターザンロープ、とおおはしゃぎさせてもらいました。最初の草そりで息がきれて、ハァ、ハァ、体力が、落ちてる…! と思いつつ、草そりは何年ぶりだろうなあと思うと、なんだかうるっとくる嬉しさで。ターザンロープも、「ヒヤッホー!」って、2回やらせてもらいました。敷地の西には大きなくじゅう連山も鎮座していて、日本じゃないような開放感。こうしたどんな人にも寄り添った場所があるんだなあと思うと、ルン爺としのぶさんの優しさが、ますます心に沁みました。まさに、心をたがやす農場でした。
もう一箇所、早瀬さんご夫婦にもお会いしました。ご主人の早瀬成憲さんは仏様を彫る仏師。奥様のあかねさんは水彩画家で、お二人ともとてもやわらかい雰囲気に包まれていて、カッコ良くて。ご自宅にも上がらせてもらったのですが、おうちの空間がとにかく素晴らしかったです。ところどころに飾られた大仏や絵が空間に溶け込んでいて、緑も豊かで、窓から入ってくる木漏れ日が畳の上でゆらゆらと揺れて。家の構造にも特徴があると教えてもらいましたが、ほんとうに大好きな空間でした。また、成憲さんが民俗学者の宮本常一の話題を出してくださって、ぼくも大好きな方なので、そのお話もできて嬉しかったなあ。
訪れたうちのひとつが、「久住高原 童心回帰農場」です。迎えてくださったのは、“ルン爺”と“しのぶさん”、というとっても素敵な二人。童心回帰農場は言葉そのままに、大人が童心にかえっても良いんだよ、というのびのびした場所でした。ぼくはひとりで草そり、ブランコ、トロッコにターザンロープ、とおおはしゃぎさせてもらいました。最初の草そりで息がきれて、ハァ、ハァ、体力が、落ちてる…! と思いつつ、草そりは何年ぶりだろうなあと思うと、なんだかうるっとくる嬉しさで。ターザンロープも、「ヒヤッホー!」って、2回やらせてもらいました。敷地の西には大きなくじゅう連山も鎮座していて、日本じゃないような開放感。こうしたどんな人にも寄り添った場所があるんだなあと思うと、ルン爺としのぶさんの優しさが、ますます心に沁みました。まさに、心をたがやす農場でした。
もう一箇所、早瀬さんご夫婦にもお会いしました。ご主人の早瀬成憲さんは仏様を彫る仏師。奥様のあかねさんは水彩画家で、お二人ともとてもやわらかい雰囲気に包まれていて、カッコ良くて。ご自宅にも上がらせてもらったのですが、おうちの空間がとにかく素晴らしかったです。ところどころに飾られた大仏や絵が空間に溶け込んでいて、緑も豊かで、窓から入ってくる木漏れ日が畳の上でゆらゆらと揺れて。家の構造にも特徴があると教えてもらいましたが、ほんとうに大好きな空間でした。また、成憲さんが民俗学者の宮本常一の話題を出してくださって、ぼくも大好きな方なので、そのお話もできて嬉しかったなあ。
というわけで、散策はここまで。永田ジョージさんや齊藤美絵さんのご縁があり、何年経っても、竹田での時間を思い出せるような出会いになりました。土地の記憶は、人との記憶でもありますよね。ほんとうにありがとうございました。
旅を応援してくださる方へ
今回の旅をはじめる前に、自費出版の写真集「どこで暮らしても」を製作しました。東京23区を1200kmほど歩いて巡り、撮影した一冊です。売り上げは旅の活動費として、活用させていただきます。
写真集の商品ページはこちら
(終わり。次回へ続きます)
LEAVE A REPLY