今日までの旅メーター
訪れた政令指定都市の区の数 【74/175】
訪れた旧市町村の数【650/2,094】 総計【724/2,269】スーパーカブの総走行距離
19170km
上毛町からUターンして、筑豊の福智町へ。(2023年11月27日(月)―235日目)
今日は上毛町(こうげまち)を訪れたあとにUターンして、筑豊地域を訪れた。福岡県の旅もまだまだ続く。それでは振り返っていこう。
旧新吉富村(上毛町)
泊まっていた行橋市から上毛町の旧新吉富村を目指す。雲も出ているけれど、おおむね晴れた空だ。東は海側で平野が広がり、西側に山々が連なっている。道中の看板で「大分市まで80キロ」とあり、今からでも行けるなあと思った。
「道の駅しんよしとみ遺跡前」に着くと、5年前の旅でもここに来たことを思い出した。しかも、目の前に「大ノ瀬官衙遺跡」という遺跡があって、ここではほろ苦い思い出がある。当時、少年たちが野球をしていて、それに混ぜてもらえることになり、1打席立たせてもらったら、会心の当たりがピッチャーの子のお腹に直撃したのだった。プラスチックボールなのでケガはなかったけれど、たいへん気まずい時間が流れたんだよなあ。あの子たち、今ごろは中学生かなあ。
もう一箇所、牛頭天王公園に向かうと、高台から見晴らしのいい景色を見渡すことができた。その先は山国川を挟んだ大分県中津市だ。大分県はあとから訪れる予定なので、近くて遠い存在に感じられた。
旧大平村(上毛町)
次にやって来たのは、同じく上毛町の旧大平村。新吉富よりもゆるやかに木々に囲まれた地形だ。大平の物産店や温泉が並ぶ施設に行くと、大衆演劇の施設があった。ここで大衆演劇が観られるなんてすごいなあ。
大平支所に向かうと、地形の段差に石垣が積まれてあって、そこに家屋が建ち景観をつくりあげていた。
旧方城町(福智町)
旧大平村から、40キロかけての移動。行橋市からみやこ町を通り、長い上り坂のトンネルを抜けて田川郡の香春町(かわらまち)に入った。法則性のない色んな形の山が広がり、炭鉱の気配が感じられる。旧方城町に入ってからは、伊方古墳や定禅寺を訪れた。道もうねうねしていて坂も多く、進む度に景色がどんどん変化していった。
旧金田町(福智町)
次に訪れたのは、旧金田町。福智町役場に着くと、下駄でコツコツと音を立てながら歩いているおばあさんがいて、ビックリマークが飛び出す。いやいや、きっと下駄を履いているのはこの人だけだろう。
金田駅前を訪れると、タイルの色がまちなみに沿って変わって、昔ながらの気配が感じられた。そして、天然温泉の「日王の湯」で温泉に入ることに。それぞれの都道府県で、一度は温泉に入りたいじゃないですか。湯船はまさに、地元のおじいちゃんたちの午後。どっぷりリラックスモードだった。ぼくも体がずいぶん軽くなった。
旧赤池町(福智町)
最後にやって来たのは、旧赤池町。市街地の一角は昔ながらも整った区画になっていて、まとまりがある。上野(あがの)峡に向かって進むと、上野焼の窯がいくつか点在していて、紅葉の山並みの手前の窯の煙突にはとても雰囲気があった。
そして、白糸ノ滝まで目指して遊歩道を進む。細い山道で誰もいないので少し怖かったけれど、10分ほど歩いて滝まで辿り着いた。雨が少ないので水量も減っていたものの、落差25メートル、二段で流れる姿には風情ありだ。
というわけで、今日の散策はここまで。豊前や京築と呼ばれる地域から、筑豊に移動して、まちの雰囲気も大きく変わりました。夜は2日前にお世話になった鞍手町のご家族に、もう一度お世話になっています。地元の昔話もしてもらってすごく面白かった。子供の頃、初めてアスファルトの道路ができたときに、感動してその上で何度もゴロゴロした、とか。
夕方、エプロン姿で犬と散歩しているお母さんを見て、日本らしい風景だなあと思った。
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今回の旅をはじめる前に、自費出版の写真集「どこで暮らしても」を製作しました。東京23区を1200kmほど歩いて巡り、撮影した一冊です。売り上げは旅の活動費として、活用させていただきます。
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