ふるさとの手帖

市町村一周の旅

阿賀野川と緑に囲まれた暮らし。【旧市町村一周の旅(新潟県|10月17日―194日目)】

阿賀野川と緑に囲まれた暮らし。【旧市町村一周の旅(新潟県|10月17日―194日目)】

今日までの旅メーター

訪れた政令指定都市の区の数 【60/175】

60/175
34.29%
訪れた旧市町村の数【563/2,093】
563/2093
26.90%
総計【623/2,268】
623/2268
27.47%

スーパーカブの総走行距離
16740km

旧三川村→旧津川町→旧鹿瀬町→旧上川村→旧村松町→旧五泉市→旧小須戸町、の7つ。
旧新津市と旧小須戸町を合わせたエリアが、秋葉区です。

阿賀野川と緑に囲まれた暮らし。(2023年10月17日(火)―194日目)

深呼吸することが気持ちのいい朝。今日は阿賀町と五泉市を中心に訪れます。新津を出発して、東の方角を見ると、新潟らしい山並みの稜線が、逆光で輝いていました。

旧三川村(阿賀町)

交通量の多い新津の市街地を抜けたあと、阿賀野川沿いに上流へ進んでいきます。山が近くなると雲に覆われやすく、気温も下がって電光掲示板には14度の表示。寒いです。

旧三川村では将軍杉と呼ばれる杉を見に行きました。樹齢1400年、樹高40m、幹周り19.31m、杉では日本一の太さ。巨木を見る機会は旅でもたまにあります。だから、将軍杉も今まで見た巨木と比較してしまいましたが、いやあ、立派でたまげました。将軍杉のエリアに入った途端、外界と隔てられた神宮のような神聖さがあり、その中に聳える杉は圧巻でした。太さも高さも、雰囲気も。ここまでとは。

阿賀野川と船。

行きましょう。

将軍杉の手前には、立派な薬師堂。
神聖な雰囲気に。
将軍杉。すごい。未来が何本も分かれていた。

三川の市街地を歩く。

旧津川町(阿賀町)

旧三川村から9キロほど阿賀野川を上流へ進み、旧津川町へ向かいます。阿賀野川沿いの山は茶色に緑と赤が混じり、ところどころ巨岩が剥き出しに。自然のスケールが大きいです。

道中の看板を見ると、会津若松まで60キロと書かれてありました。60キロは、すぐだなあ。今からでも十分に行ける。会津の景色が浮かびます。でも、それは今年訪れた6月の姿……。今はどんな景色なのだろうなあ。思いを馳せつつ、旧津川町はすっかり青空が広がりました。

津川のまちなみはとても好きでした。赤茶の屋根と町並みが調和していて、時折高い山が見えたり隠れたりするのがいい。何より、津川といえば狐の嫁入り行列です。無料で入れる屋敷の資料館にも入りました。独自の文化ですよね。今までは阿賀町の行事だと思っていましたが、今日の訪問で、元々は旧津川町の行事だったのだなと。しかも、つい10月上旬に行列があったみたいで、惜しい。いつか見てみたいものです。

阿賀町役場。

商店街にも狐が。

町並みも好きだ。

小学校にも狐だ。

阿賀野川。
行列してますねぇ。
楽しそう。
狐の嫁入り屋敷。

旧鹿瀬町(阿賀町)

津川から支流の常浪川を渡り、トンネルを抜ける。すると数キロの旅を経て、鹿瀬のまちなみが広がりました。それでも別のまちに来たよう。

「会津の景色に似ている?」

鹿瀬だけではなく、阿賀町全体の景色がそうかもしれない。新潟県の日本海側の漁村は黒い屋根が多いですが、この辺りは赤茶色の屋根であり、さらに黒土です。会津の景色の面影を感じました。

支所や鹿瀬駅を訪れたあと、かのせ温泉の奥にある展望台へ行くかどうか迷って、それでも行ってみることにしましたが、道路が落ち葉で埋まり、ゴールも見えないままで、Uターン。リスクは最低限に抑えること。山を登り極地へ踏み込む人が、が常々言っていること。小さな旅ではありますが、自分に言い聞かせて。

旧鹿瀬町へ。
黒土だなと思った。
鹿瀬支所。

阿賀野川。

旧上川村(阿賀町)

旧鹿瀬町から再び津川に戻り、国道49号線を東に進みます。この道を進めば会津まで行けるけれど、途中で常浪川の上流の方へ右折して進み、旧上川村の市街地へやってきました。市街地を歩いたあと、向ノ島公園へ移動すると、そこにはゲートボールで盛り上がる地元のお年寄りと、ベンチでお弁当を食べる工場服姿のお兄さんたち。川と緑に囲まれた静かな空間の、ほとんどの人が知らないお昼時。

鉛筆の形だ。

カワウ駆除かあ。
上川支所。

赤茶色の屋根が多い。
向ノ島公園へ。
常浪川。キラキラと眩しかった。
水の渦。

旧村松町(五泉市)

今度は一気に阿賀野川を下って進みます。収穫を終えた田園風景が広がる道を進んで、五泉市の旧村松町を目指しました。まちなみを訪れると、商店街がT字路の左右にも、その先のカーブにも広がっています。

さらに山間部へ進み、山の麓で空気が冷えてきたところで、慈光寺に着きました。立派な杉並木の参道を歩いて境内を目指します。車のわだちが残っているので、足場も固く歩きやすい。本堂に着き、手を合わせて目を閉じると、秋の虫の声と、沢の音が聞こえてきたのでした。

旧村松町へ。
村松公園。
村松支所。入口はお城の門のよう。
商店街へ。

慈光寺の杉並木。

本堂。曹洞宗の寺院。

五泉市

慈光寺から村松の商店街を通り抜けて、まっすぐ北へ進んでいくと、やがて五泉市の市街地が現れます。五泉八幡宮や、粟島公園を訪れました。歩いていると、選挙カーがいつもの常套句と共に通り過ぎていく。どうやら週末が市議会選挙のようです。道端ではエプロン姿のお母さんが、選挙ポスターが並んだ掲示板をじっくり眺めていました。

五島八幡宮。
和傘が浮かんでいた。

選挙カー。

粟島公園へ。船だ。
サッカーの練習だ。

旧小須戸町(新潟市秋葉区)

最後に、秋葉区の旧小須戸町を訪れました。ショートカットで小さな峠を越えましたが、峠になるとやっぱり寒い。

町づくりセンターから集落を歩きました。昔の町並みが続いていて、うんうん、暮らしとはこういうものだ、とそろそろ信濃川も近づいてきたのでUターンしようとしたら、町屋の商店街がずらりと並んでいました。町の中心はここだ! と気づかされます。信濃川沿いで、ここは舟で栄えたんじゃないかなと予測して、答え合わせはあとにすることにしましたが、やはり水運で栄えたようです。信濃川といえば、同じ川である千曲川と合わせて日本でいちばん長い川ですね。

旧小須戸町へ。
日没も早くなった。

町屋だ。

おお、喧嘩灯籠。
夕陽。

というわけで、今日の散策はここまで。旧三川村の神聖で迫力ある将軍杉に始まり、狐の嫁入り行列など阿賀町の歴史に触れることができました。村松と五泉の商店街のまちなみも、簡単につくりあげられたものではない時間の長さがあります。広い新潟県が、さらに広く感じられた1日でした。

本日のひとこと
「最後の決戦!」選挙ポスターが、びっくりするぐらい多い1日でした。
(終わり。次回へ続きます)

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