ふるさとの手帖

市町村一周の旅

神奈川区から鶴見区へ。横浜市の18区巡りも最後。【旧市町村一周の旅(神奈川県・34日目)】

神奈川区から鶴見区へ。横浜市の18区巡りも最後。【旧市町村一周の旅(神奈川県・34日目)】
神奈川区→都筑区→港北区→鶴見区、の4つ。
2023.05.11

今日までの旅メーター

訪れた政令指定都市の区の数 【38/175】

38/175
21.71%
訪れた旧市町村の数【140/2,091】
140/2091
6.70%
総計【178/2,266】
178/2266
7.86%

2023年5月11日(木)(日本一周34日目)

いよいよ、横浜市の18区を巡る旅も最後になった。ということは、神奈川県の旅も最後である。もう、しばらくは神奈川県と別れることへの寂しさが、日に日に増えていったのは、主に「区」という暮らしの単位を巡ったことで、今まで漠然としかとらえていなかった大都市の存在が、徐々に身近になっていったからだ。大都市なのだから、ぼくはその一端のうちの、さらに一端を見たにしかすぎない。それでも、暮らしの数がどれだけ大きかったとしても、そこにいるのは同じ、ひとりひとりの人間であることを感じたとき、土地も人間と同じように、等しく生きていることに気づく。

朝、桜木町辺りの大岡川。
野毛も静かだ。

横浜市神奈川区

横浜市神奈川区
人口約23万9千人

今日巡る区は神奈川区、都筑区、港北区、鶴見区の4つ。いずれも横浜市の東側に位置し、川崎市や東京にも近づいていく。東京に住んでいたとき、横浜へ行くこともあったけれど、そのときは通り過ぎてしまっていたまちがたくさんあったことを、目で感じながら。

神奈川区では、本覚寺と六角橋商店街を中心に訪れた。

神奈川区へ。大きな道を進む。
本覚寺。

横浜が開港したとき、高台に位置し、横浜の海を一望できるこの本覚寺は、アメリカの総領事館が置かれたという。

手ごたえと口ごたえ。

彫りもかっこいい。

 

神奈川駅も近い。

住宅地を進む。
六角橋辺りへ。

六角橋商店街。

横浜の三大商店街は、洪福寺松原商店街、横浜橋通商店街、そして、六角橋商店街。いずれも訪れることができた。

まだ、朝早いからお店は開いていないけれど。

屋根の中、少しドキドキした。

東急東横線の白楽駅に通じている。

白楽駅は、ぼくも東横線を利用していたから、通過したことは何度もある。けれど、駅を降りた先にこうした商店街があることは、知らなかった。旅は身近にあったはずの景色も、教えてくれる。

横浜市都筑区

横浜市都筑区
人口約21万1千人

都筑区を訪れて、あらためて思った。横浜に限らず郊外と呼ばれる場所はたくさんあって、そこには大きなショッピングモールが存在することも多い。休日にゆっくり過ごすこともあるだろう。ただ、都筑区はその場所が多い。ららぽーと横浜、IKEA、モザイクモール港北…。ひとつあるだけでも強い存在感を持っているというのに、それがひとつではなく、点在している。ショッピングモールの王国のように思われた。

IKEA港北。

東京で新生活がはじまったとき、ここでソファを買った。展示場では「適度な大きさだろう」と思っていたソファだが、家に届くと、階段で挟まってしまい、2階まで持ち運べなかった。結局、分解してなんとか持ち込むことができたのだが、そのときにワクワクヒヤヒヤしたことを、いざ自分ひとりで訪れると、思い返すのだ。

住宅街も進む。
大塚・歳勝土遺跡公園へ。

弥生時代の遺跡が、歴史公園として公開されている。橋を渡った先には横浜歴史博物館もあり、その下を走る太い道路は「歴博通り」と呼ばれている。この周辺ではかつて先人たちの生きた証が残っていることを、身近に感じることができた。

都筑民家園。
センター北駅の近くへ。
大きなマンションがいくつも聳えている。

センター北駅。

もうひとつ、都筑中央公園も訪れた。

ステージのような広場。
鶴見川のそば、港北インターも特徴的だ。

ひとつひとつの建物が大きく、都筑区周辺を含めて、抱えている暮らしの数の多さを感じた時間だった。

横浜市港北区

横浜市港北区
人口約34万4千人

港北区は、横浜市の中で最も人口が多い。日吉や大倉山、菊名といった東横線の駅も連なり、3月に新路線が開通して注目を集めた、新横浜駅も港北区に含まれる。今回は、新横浜公園と、港北区役所の近い大倉山周辺に絞って、巡ることにした。

新横浜公園へ。

日産スタジアムも公園内にある。

環状2号線。新横浜駅の前を通過する。

新横浜駅の東側「篠原口」方面は、穏やかな住宅街が広がっていて、そちらも通り過ぎた。開発が進んだ時代や、目的によって、どのようなまちが生まれていくのか、隣り合っていながらも不思議なことに、全然違う。

(新横浜駅周辺については、今年の冬に仕事でも撮影をさせていただきました。そちらもよかったら是非。)

ページはこちらから

次は大倉山駅周辺へ。
暮らしのバランスが良いなあと感じる。
大倉山駅。

駅から坂を登ると、大倉山公園もある。

住宅街だ。

時間があれば日吉も、妙蓮寺も、綱島も、ゆっくり訪れてみたい。それぐらい、暮らしの数が多いのだなあ。

横浜市鶴見区

横浜市鶴見区
人口約28万5千人

いよいよ、最後に訪れた横浜市の区は、鶴見区だ。知り合いの方が二人、鶴見区にゆかりがあって、それぞれ場所を教えていただいていた。ひとつは昭和5年に開通した「国道駅」だ。鶴見線の無人駅、生きた駅でありながら、独特な、ちょっとトゲを加えたら、不気味な気配が流れていた。

国道駅。
ソワソワしながら歩いた。
外はお昼である。

雰囲気が独特でも、今、同じ時間を一緒に過ごしている。

鶴見駅へ。

JRと京急の二つの鶴見駅が、近く隣り合っている。やはり駅は大きくて、そして開放的な、自由な風が吹いていた。

「満州園」さんをおすすめしていただいていたのだが、ビルが休館日だった。残念。

そして、ここからは少し歩いて、「總持寺(そうじじ)」と呼ばれるお寺へ向かった。總持寺は、曹洞宗の大本山である。知り合いの先輩が、かつてここで修行をされていた。そのときの話を伺っていたから、来てみたかった。巨大なお寺の建物がいくつも並び、自分の知らない別の世界が、そこにはあった。

總持寺へ。

曹洞宗の総本山は、總持寺のほかに、福井の永平寺がある。立場は同格。聖地が二つあって、どちらも非常に規模が大きい。

現れたひとつひとつの建物が大きくて、とても驚いた。

建物の中も、見学ができるようだったので、カメラをしまって、静かに入ってみることにした。すぐ右手には会社のそれと変わらないオフィススペースがあり、部屋の仕切りがなく自由に見ることが出来たが、お坊さんがサラリーマンのように電話をしていたり、書類仕事をしていたりして、やはり、別の世界に来たかのような驚きがあった。

登録有形文化財の百間廊下。
とても長い‥‥。

百間廊下と言われる廊下は、長さが164mもあるという。もしや、と思って、あとで調べてみたら、雑巾掛けの様子を写した写真がやはりあった。この長さを、雑巾掛けするというのか。修行や普段の生活の内容を知らないので、想像の範疇だし、違うことを言っていたらいけないが、雑巾掛けはもはや、筋トレのような大変さがあるのではないだろうか。

工事中の建物も大きい。

食事処もあるそうだ。

別の知り合いの方の兄弟も、總持寺で修行したことがあるそうで、その方は、小さいころ總持寺の境内で遊んでいたそうだ。誰かにとっての日々の時間が、大きなお寺とはいえ、等しくあるのだなあ。

鶴見駅と帰り道。

カブの健康診断と田所さん。

これで、横浜市の18区もすべて巡ることができた。長いようであっという間だったし、あっという間なようで長かった。とにかく、今まで自分が想像していた「横浜」というイメージは、ぼくの中で日に日に一新されていった。こういう旅をしているのだから、たとえ、横浜市も大都市としての姿があるとはいえ、たくさんの人々が暮らしていて、日常も広がっているだろうと、想像することはできる。ただし、その想像には実像が伴っておらず、やがて薄らいでいき、やっぱり横浜は大都市で‥と元のイメージにかえっていく。

それが、今回は違う。自分の目で見た先に、確かな日常の声があり、その集合体としての姿が横浜であることを、目の当たりにする。といったようなことを別に考えたりしなくたって、生きてもいける。どちらかといえば無駄なことをしているかもしれない。ただ、それでも、今を生きている限り、ぼくは知らない誰かと同じ世界を生きている。その知らない世界が、横浜にもぎゅっと濃縮された形で存在していて、同じように一緒に生きている。地方と都市、という言葉に変えてもいいけれど、まずはそのことを忘れたくない。そう思える旅だった。

神奈川県の旅も終わり。
スーパーカブの点検をお願いした。

ここ最近、相棒であるスーパーカブは、本調子ではなかった。いくつか気になる点があり、これからの旅路を考えると、先に状態をじっくり見てもらう方がいいだろう。と、東京のバイク屋さんを調べて、メールで詳細をお伝えできるお店に問い合わせをした。そして、13時にはお店に伺う必要があったので、鶴見区から移動した。

鶴見区を離れるとき、雲がみるみるうちに湧いてきて、空も曇りだした。ついさっきまで快晴だったはずの空が、ぼくにとってはちょうど旅が終わったというタイミングで、変わっていったものだから、ありがたいと思わずにはいられなかった。そのあと、春雷鳴り響く雨が降ったのだから。

カブはあらためて、現時点での状態を詳しく伝えて、預けることになった。もしかしたら修理や点検が終わるのは来週以降になるかもしれない。それでも構わない。お店の方もとても丁寧に接してくださって、ありがたい気持ちでいっぱいになった。

玉子丼を食べた。

元隣人の部屋にメガネを忘れていたので、ポストに入れておいてもらって、回収した。
すると、雨が降り始めた。

そして、雨上がりの夕方、田所さんに会った。

田所敦嗣さん(@Atsushi_Tado)にお会いした。連絡したのはぼくからで、ほかに、連絡を断ってしまったり、会いましょうと言っている人がいる中で、個人的に田所さんへ連絡をしたことは、自分自身をいやらしい人間に感じる部分もある。それでも、今、旅をしていて、静かに誰かと話をしたいと思ったとき、世界中を仕事で巡り、いろんな旅をご経験された田所さんに、連絡をしていたのだ。忙しい中、平日の仕事終わりに時間をつくってくださって、一緒にまちを歩き、移動して、夕食を食べた。

田所さんの、いつもフランクに接してくださるやさしさが好きだ。自分の旅をしているはずなのに、いつの間にか田所さんの旅の中に、自分がいるような感覚になる。旅の話をする中で、いい言葉も教わった。今はその言葉を、心の中にしまっておく。このタイミングでお会いできて嬉しかった。旅が終わったら、田所さんのご著書『スローシャッター』を、もう一度読みたい。

(次回へ続きます)


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今回の旅をはじめる前に、自費出版の写真集「どこで暮らしても」を製作しました。東京23区を1200kmほど歩いて巡り、撮影した一冊です。売り上げは旅の活動費として、活用させていただきます。

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二見書房編集部noteにて、「旧市町村日誌」も更新中です。

旅についての心境を、日記形式で書いています。ブログにまとめきれなかったことも残せたらと思います。

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