今日までの旅メーター
訪れた政令指定都市の区の数 【10/175】
訪れた旧市町村の数【23/2,091】 総計【33/2,266】2023年4月12日(水)
旧市町村を巡るということは、合併していない市町村をスキップするということなので、すでに、巡りながらいくつかの市町村を通過してしまった。同時に、今回の旅で該当する市町村では、同じまちの中をぐるぐると巡るので、1日の中で市町村を飛ばしたり、ひとつの市町村を細かく回ったりしている。今日も、市町村としては埼玉県加須市と鴻巣市の、ふたつしか巡っていない。ただ、10年から20年ほど遡ると、ここには7つの市町村が存在していた、ということである。
旧北川辺町(加須市)
朝、踏切を待っていたとき、通り過ぎた電車の行き先が浅草だったことに驚いた。路線を調べると、東武伊勢崎線だった。特急のリバティには仕事で何度か乗ったこともある。ここはまだ、東京に通じているのだなあ。
そして、旧北川辺町は利根川を渡った先にある。埼玉県で、利根川の左岸にまちがあるのはここだけ。さらにまちの北側には、栃木県との県境である渡良瀬川が流れている。かつては水害も多く、また足尾鉱毒事件では、理不尽な国の政策とも住民運動で対立した。その結果、今もこの地域は守られている。そして、住民運動の旗手となった人物が、足尾鉱毒事件の解決に心血を注いだ、田中正造翁だ。
小学生が、柴犬と一緒に通学していて、ガツンと食らったような感銘を受けた。
水はのびのびとしていた。
田中正造氏が翁、と呼ばれているように、北川辺町にとっての偉人であることを、お墓の文面からも感じた。
旧大利根町(加須市)
次は旧大利根町へ。利根川の豊かな恵みを受けているまち。作曲家・下總皖一(しもおさかんいち)氏の銅像や紹介も、見ることができた。「たなばたさま」「はなび」などの曲を作曲した人物である。
加須市
次は、合併前と後で名前が変わらない、加須市へ。まちの中心部は前回の旅では訪れていないので、はじめてであった。
はなさきは花崎であり、地名である。昨日の菖蒲町もだが、やさしい名前はいいなあ。
旧騎西町(加須市)
加須市で最後に訪れたのは、旧騎西(きさい)町。藤のまちであり、玉敷神社のある玉敷公園では、藤棚を見ることができる。
前回は加須市として訪れていたが、今回はここに、騎西町があったことを感じた。
旧川里村(鴻巣市)
加須市の次は、鴻巣市へ。2005年に旧川里村と旧吹上町が編入し、現在の鴻巣市になった。最初は旧川里村を巡る。
道中、うぴぴぴ…、という鳥の鳴き声を初めて聞いた。お腹は白、背中は茶色で、ハクセキレイのようにちょここと歩く。調べた結果、おそらく「コチドリ」だとわかった。
旧吹上町(鴻巣市)
次は旧吹上町へ。元荒川の桜並木が有名で、すでに桜の季節は終わったけれど、訪れることにした。
白鳥!? と思って、もう一度戻って確かめたら、本物の白鳥だった。どうやらたまにいるらしい。
鴻巣市
最後は鴻巣市へ。鴻神社と、鴻巣駅の周辺へ。
鴻巣という地名は、「こうのとり伝説」に由来している。
鴻巣市を流れる荒川の川幅が、日本一と認定されたことから誕生した、平打ち麺の川幅うどん。ここでは温かい、冷たいを選ぶことができて、冷たいうどんにした。幅の広い麺の冷たさが口の中で広がって、喉越しもとてもいい。水菜や大根おろしもさっぱりしていて、温泉玉子とコーンで味に変化が生まれるのも良かった。すごく美味しかった。
今日の散策はここまで。夕方は雨の予報があったけれど、雨が降り出したときには、屋内にいたので大丈夫だった。週末も雨が降るかなあ、と、天気予報を基準に過ごしている。
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