原付旅が終わって、翌日からすぐに東京へ。
大きな目標が終わると気持ちは切れやすい。オリンピック、大学受験、人生の分岐点を決める瞬間はタフだ。
原付旅も他に比べたら並べるには値しないけれど、僕にとっては一つの大きな目標でした。終わりの見えないゴールは難しい。だからこそ「鉄は熱いうちに打て」で、ふりだしに戻った今日、休まず進む。
竹芝客船ターミナルは東京の伊豆諸島を結ぶ玄関口。大型客船のほとんどは夜に出航するから、金曜日の夜は特に人が多い。出航時刻は22時。20時に疎らだった待合室も21時を過ぎれば立ちっぱなしの待ち人で溢れかえる。
竹芝からの大型フェリーは大まかに分けて3つ。
・八丈島、御蔵島、三宅島航路(橘丸)
・大島、利島、新島、式根島、神津島航路(さるびあ丸)
2等船室は俗にいう「ごろ寝型」と「夜行バス型(椅子)」があって、僕は夜行バス型席。
普通、夜行型の船はすぐに消灯するケースが多い気がするけれど、東京の夜は遅い。22時に出航して、ビルの夜景を肴にあちこちで宴会が始まった。
地元の人は慣れた手つきで缶ビールを開け、大学生のグループは輪になって初めましての自己紹介。
朝になっても結構船は揺れるけど、そんなの当たり前なのが伊豆諸島。
そして大島、利島、新島、式根島を経て最後に神津島へ。
島へ降りて風を感じる。またふりだしに戻ったように、旅が始まったんだな。
入港したのは多幸湾、本来入港予定の港とは反対側。冬の時期は西風が強く、港が入れ替わることは日常茶飯事。
実は、宿のゲストハウスまで歩いていけると思っていたけど、港が入れ替わっていることに気づかなくて集落浜反対、村営バスも逃してしまった。
歩くしかない。
歩くしかないかぁと普通に歩いているとき、
「乗ってけ〜!」
とおじちゃんが声をかけてくれた。あぁ、優しい。
青ヶ島で島民の方に乗せてもらったときのことを思い出した。
集落は一つ、一極集中で住宅が集まっている。小・中・高もあるし、そこにある暮らしは変わらない。
町を散策した後、天上山へ登ることにしました。標高500mほどの登山、標高0から、一気に登ります。
天気の子、帆高は神津島の出身です。気持ちだけ、聖地巡礼したような気分でした。
宿に戻って、夜は同じ泊まりの方と一緒にお酒を飲みました。こういう場所にくる人って、仕事でも観光客でも、あちこちの地名に詳しいです。色んな話で盛り上がりました。
神津島、来れてよかったな。でも夜は風が強くなってきた。これからも、天気に左右される日々が続きます。
天気の子みたいに晴れてくれると良いな。
陽菜、頼むよ。
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