今日までの旅メーター
訪れた政令指定都市の区の数 【0/175】
訪れた旧市町村の数【6/2,091】2023年4月9日(日)
朝、3時40分に起きた。と書くと、さぞ早起きを自慢したい人か、睡眠時間が短い人のどちらかに見えるけれど、昨日は18時30分に就寝したので、たっぷり9時間寝ている。船内はWi-Fiも電波もないし、夜は甲板のデッキも閉められているので、できることは限られるのだ。
朝起きると船の揺れがだいぶ静かで、すでに東京湾内に入っていることを感じた。
5時前。朝焼けが美しい。隣で旅慣れしているおじさんが、朝日を正面に瞑想していた。空は淡く霞んで、赤紫色に染められていく。旅だから感動しているのだろうか。旅をしていなくとも、感動しただろうか。ちょうど角幡唯介さんのノンフィクション本『極夜行』を読んでいて、冒頭の「太陽は人間にとって本質的な存在ではなくなってしまった」という描写が思い出された。
東京湾はやや寒く、こざっぱりした風が吹き、かもめが鳴いていた。ここからいよいよ旧市町村と区を巡っていく。まずは西東京市へ。
旧田無市(西東京市)
朝6時過ぎに船から出発。東京の道路も空いていたので、走りやすかった。船で知り合ったハーレーのご夫婦と、途中まで一緒に。ハーレーの前を走らせてもらって夢のようであった。前回の市町村一周の旅のときは、カブ号で都内を走るのが怖くて、23区は電車で巡った。ただ、それから2年半東京で過ごして、23区もいろいろ歩いたので、道中も不安なく進むことができた。有明を出て、虎ノ門、溜池山王、赤坂と高層ビル群を抜ける。新宿から先は青梅街道へ。「東京」として見る街よりも、エリアごとで見る街の方が、東京を怖がらなくて済む。そして、一気に田無神社へ。
2001年に田無市と保谷市は合併し、西東京市が誕生した。東京都の中では東寄りだが、都心からは西に位置する。関東で暮らす人はそのことを知っている人も多いだろう。
駅前は23区内と似たような形で開発されている感じがした。しかし、田無神社あたりの道や建物の雰囲気には、それよりも昔の気配が漂っている。何より、田無神社の「開かれた神社」という清々しさが好きだ。
旧保谷市(西東京市)
次は同じく西東京市の保谷へ。文理台公園を目指した。
新興住宅街と団地と戸建て。どれかが圧倒的に多いという感じはしなかった。文理台公園に帰ってくると、自転車が増えていた。犬の散歩で仲良くしている住民たち、本を読むおじさん、何もしていないおばさん、鳥のさえずり、木々のざわめき。
旧大井町(埼玉県ふじみ野市)
東京都で巡る旧市町村は、田無と保谷の2ヶ所だけだ。やはり、東京は平成の大合併後、ほとんど合併していないのである。ここからは埼玉県に入った。気づいたときには埼玉県新座市に入っていて、前回も訪れた平林寺を通り過ぎる。目的地まで距離が短くなると、川越街道に入った。大きな街路樹に囲まれ、道路の雰囲気もまるで違う。
地元のおじいさんと話もした。合併したことについて聞いたら、「そうそう。大井と上福岡が合併しましたね。でも、そんなに違いはないですよ。まあ一緒ですね」と。 ぜんぜん違う町なんです、という返事はぼくが期待してしまっていただけで、それだけではないことに気づかされた。当然のごとく合併したまちもあれば、揉めながら合併したところもある。思い入れはまちによって違う。
旧上福岡市(ふじみ野市)
次は同じくふじみ野市で、上福岡へ。元々は「福岡」という地名であったが、福岡市との重複を避ける意味で、上福岡になったという。
旧鳩ヶ谷市(川口市)
今日はあとふたつ。まずは川口市の旧鳩ヶ谷市へ。2011年10月に川口市に編入した。その年月だけでも、東日本大震災のあとだったのだなあと、素人らしい感想を持ってしまう。同じ日本とはいえ、自分の知らないところで、まちも行政ごと変化している。
こぢんまりとした中に、穏やかな時間が流れていた。公園で遊ぶ子どもたちのあどけなさもよかった。
川口市(川口市)
前回の市町村一周のとき、川口市ではゴリラ公園を訪れていた。だから、極端な話、ぼくは川口市についてゴリラのイメージが先行していたのだ。しかもゴリラ公園は高速道路下にあったので、道も怖くて穏やかな印象というわけでもなかった。それが今回、あらためて川口市を巡ったことでひっくり返された。旧鳩ヶ谷市はもちろん、川口市も空は広く視界が開けていて、ゆったりした時間が流れていた。ああ、「自分が知っていると思っていること」なんて、どれだけ頼りないことだろうか。
グリーンセンター、とても賑わっていた。聞こえるのは360度、子どもの笑い声。たまに泣き声。市営で入場料もかかるけれど、広々とした自然に囲まれた空間、ここで日曜日を過ごしたくなるということ。
台湾ラーメンはちょうどよかったが、チャーハンが三人前ぐらいあった。しまった。単品で頼んだのが原因だ。されど食べ残しは許されない。すでに注文した時点で、サンクコストであることはわかっている。しかし、食べ物に感謝する心を失って残すぐらいなら、旅などしない方がいい。と、心の中でゲキを飛ばし、ほんとうに無理だと思ったし、隣の席のおじさんは、ぼくが限界な様子に気づいているようにも見えたが、時間をかけて、完食した。旅はお腹が減るけれど、大盛りを頼むのは慎重にしよう。
今日はここまで、明日に続きます。
はじめまして。
「ほぼ日」でかつおさんのことを知り、神田の記事はupされるたび、楽しみにしておりました。
そして、今回、合併された市町村を旅されるということで、もしかして⁉︎と思ってたら、今住んでいる街に今回の記事にupされていて、思わずコメントしてしまいました。
わたしも写真を撮るのですが、ここ数年ぜんぜん撮ることができずにいて、最近やっとiPhoneからまた再開しました。けど、ダメですね。むかしのようにはなかなかいきません。
ただ、神田の記録をみながら、また自身のやりたいこと見つめ直しながら、「人のはたらき姿」を知りたいことにすごく興味があることに気がつきました。
なんか「街」を撮られてる、かつおさんにお伝えするのは何なんですが、たまたま、ひとりその取材を受けてくれる方から了承をもらえて、そのタイミングにかつおさんが、わたしの住んでる街を撮られていたこと、何も関係ないとこではあるんですが、話したくなりました。
長い旅になられるかと思いますが、影ながら旅のご様子、拝見させていただきます。
すてきな写真と文章、いつもありがとうございます。
佐藤様
こんにちは、コメントありがとうございます。神田の記事についても見てくださって、とても嬉しいです。「人のはたらき姿」もとても良いですよね。はい、旅も少しずつ進められたらと思っております。