ふるさとの手帖

市町村一周の旅

はじめての麻布十番で。【23区駅一周|2021年10月2日その①】

はじめての麻布十番で。【23区駅一周|2021年10月2日その①】

旅メーター 
全ての駅を訪れた23区の数【0/23】

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訪れた23区内の駅の数 【8/490】
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1.63%

10月2日。真ん中のうねうね。
10月2日に訪れた駅。

はじめての麻布十番で。

麻布十番を目指したのは、「三田共用会議所」という場所にいちばん近かったから。中央省庁や政府が会議をする場所だが、かつてはここに渋沢邸があった。そして渋沢栄一の孫・渋沢敬三が住んでいたとき、たまに居候していた人物が、民俗学者の「宮本常一」だ。ぼくは宮本常一が好きだ。全国をくまなく歩きながら、人々の暮らしや文化をすくい上げるように記録した人物。数多くの書物を残しながら、日本中の民衆の幸せを願った人物。彼は日本各地が舞台だが、東京にいる間はここ渋沢邸で居候していた。だから最初にただ、宮本常一にゆかりのある場所に行きたくて、その最寄りが麻布十番だったから、やって来た。それ以外のことは大まかにしか決めていない。そういう旅のはじまりだ。

麻布十番駅から早速会議所を訪れる前に、まずは麻布十番を散策することにした。地上に出ると、二本の首都高速が交わる一ノ橋ジャンクションが視界を覆った。空の半分は分厚い道路で覆われていて、東であろう方角から、なんとか朝日が差し込んでいると分かった。

商店街はまだ店のシャッターが降りていて、人影もほとんどない。“麻布十番郵便局”と書かれた建物は時代が感じられた。新しい建物だけじゃないんだ。自分が先入観を持っていることにも気づかされる。まもなくパティオ通りという通りに入った。丸みを帯びた左右対称の道の真ん中には、ビルの高さには劣るものの、背の高い木々が並んでいる。なんだろう、ここは。奥まで進むと少女の銅像があって、「きみちゃん」と書かれてあった。童謡「赤い靴」に出てくる孤児院の少女だと知った。まだほんの少ししか歩いていないが、どの光景も新鮮で、テレビ越しに勝手に膨らませたぼくの「麻布十番」は、なんて信ぴょう性の欠けたものだろうかと思った。

すると、そのきみちゃんの横で落ち葉掃除をしているお父さんがいて、声をかけた。東京に来て、人に話しかけることなんて今までほとんどなかった。しかし、わずかな散策だけでもあまりに知らない景色がぼくの目の前を通り過ぎたから、街の人に聞いた方がヒントを得られるのではないか、という気持ちになったのだと思う。お父さんに事情を説明して、この辺りでどこへ行ったらよいか尋ねた。お父さんは少し考えるそぶりを見せたあと、いくつかの場所を教えてくれた。

「ありすがわ公園かなあ。ずっとこの道を進んで、向こうに行けばある。善福寺という寺もあるし、氷川神社もなあ。まぁ、この辺りは大使館が多いわな。だから外国人の家族も多い。商店街にも、よく買い物に来るよ。」

思った以上に、たくさん教えてもらった。どの場所も知らない。光が差し込むようであった。たったひとり話しかけただけなのに、ぼくは大きな勇気をもらった気がした。

写真も撮らせていただいた。

「真っすぐ行って、信号があったらまず右に曲がります。10分ぐらいかかるよ。お宅だったらもっと早いかもしれないけれど。」

と、違うお父さんにも道を聞いた。犬と散歩中のお母さんにも聞いた。みな揃ってやさしかった。スマホで調べたらいいかもしれないけど、ぼくのiphoneは7年目の6sで、充電器でいくら回復させてもすぐにギブアップする。旅の間、あまりスマホは使わない方がいいかもしれないと思った。

ようやく、ありすがわ公園が見えた。ぼくは公園の名前を“アリス川公園”だと思っていたけれど、正しくは“有栖川公園”だった。公園に入ってみる。すると徐々に、音楽が聞こえてきた。なんだろう…、やがて気づいた。「ラジオ体操だ!」

広々とした公園に、何十人もの人々が、何箇所にも散らばって、のびのびと体操に勤しんでいる。なんて日常的な幸せだろう。ラジオ体操が終わると、パッと明るい、天国的な雰囲気が溢れかえった。みな笑顔で挨拶をかわす。「おはよう〜」「またね〜」高級な住宅街、とばかり思っていた自分が、途端に恥ずかしくなった。体操を終えたお母さんに挨拶をして、「いつもラジオ体操をされているんですか?」と尋ねた。「毎日やっているのよ。三々五々、集まってね。もう何十年とやっている方もいますよ。」体操を終えたあとのお母さんの声は、ぼくのおでこを通り抜けるように爽やかだった。

有栖川公園を奥の方まで歩いてみた。右手に大きな池があって、外国人のお父さんと娘さんが池を眺めていた。そのお父さんは、さっきラジオ体操をしていた人だった。海外の人も参加しているんだ、とお父さんのことを覚えていたのだ。お父さんたちとまもなくすれ違う。挨拶をしようかとひととおり迷って、結局、思い切って挨拶をした。お父さんは「ハーイ」と返してくれて、ぼくは拙い英語で会話をした。「ぼくはあなたがラジオ体操しているのを見ました」「そうですよ。週末に来ています」「ぼくははじめて、この公園に来ました。ビックリ、ラジオ体操」「ああ、私も最初はビックリしました。でも、ナイスエクササイズですね」

こういう会話だったはずである。そしてお父さんに「君の故郷はどこですか?」と聞かれた。岡山県は通じないだろうかと判断して、「大阪と広島の間です」と答えた。お父さんは意外にもなるほどね、というそぶりで眉を動かして、「私はこの前倉敷に行きました」と言った。「リアリー?そこ、マイ、ホームタウン!」まさか岡山も倉敷も通じるとは思っていなかったから、驚いた。ぼくはオーバーなリアクションで、お父さんとグータッチをした。しかし、金色の髪をしたかわいらしい娘さんは、ずっと会話の一部始終を見ていて、「この人、なんなの?」という目をしていた。それは紛れもない事実で、そろそろお父さんに挨拶して失礼しようと思ったとき、娘さんに話しかけられた。

「ねぇ、あそこにカワセミがいるよ!」

「えっ。カワセミ?」

中央やや左下。ちいさなカワセミ。

娘さんの指が示す先に目を向けると、水面に近い木の枝に、青色の美しいカワセミが一匹、止まっていた。東京のど真ん中にカワセミがいるんだという驚きと、娘さんの印象を勘違いしていた自分を恥じた。そのあと二人にあらためてお礼の挨拶をして、ぼくは有栖川公園をあとにした。

なんだろう。偶然、麻布十番という街を選んだけれど、最初にこの街を選んでよかったのかもしれない。街に対する思い込みとは、ほんとうに身勝手な自分の思い込みなのかもしれない。

有栖川公園を出たあと、次に「広尾」という街へ向かうことにした。


有栖川公園へ向かう道中。

英語表記の看板も多い。

有栖川公園。
池の前で、お父さん。

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