
今日までの旅メーター
訪れた政令指定都市の区の数 【170/171】
訪れた旧市町村の数【1869/2,101】 総計【2039/2,272】スーパーカブの総走行距離
44796km

今日の旅先のこと
昨日、無事に広島から松山へ船で移動することができた。そして、今日は朝から再び船に乗る。行き先は中島で、旧中島町は離島で構成されているからだ。今朝の中島行きの船の混雑具合はビックリだった。いろんな暮らしがあるのだなあ、と感じるばかりである。
旧中島町(松山市)(1/6)
本土の高浜港を7時40分に出発する高速便に乗ることが、まずは目標だった。これまでの経験でいうと、何分前に来た方が良いかは船ごとによるので、とりあえず7時に着けば、十分間に合うだろうと思っていたら、大間違いだった。
朝7時から、港の券売所は大混雑である。中にはダッシュしている人もいる。むむ? これは、自分が行きたい船に乗ろうとしている人たち‥‥? 乗りたい高速船は中島や、ほかの島々も経由する。なので、みんな最初に乗る船は一緒なのだ。
行列を待っていると「フェリーの人いますう!?フェリーの人いますう!?」と、やさしく窓口のおっちゃんが叫んでいる。高速船よりも、別のフェリーが先に出港すると。そして、ようやく券を買って、船の方へ進むと、これまた大行列である。さすがにものすごい列なので、後ろに並んできた地元っぽい方に「これ、高速船待ちですか?」と聞いたら、合ってるよと。ほんとうに、前にザッと50人は並んでいた。しかもまだ、出発の30分前である。寒風吹くなか、みんな20〜30分、じっと待っていた。
ようやく乗船がはじまって、ぼくも席に座れたけれど、完全に満席だった。高速船でここまでの満席になった経験は、ない気がするなあ。船が混み合う原因のひとつには、減便があるようだ。それも、ここ最近便が減ったみたいで、いろいろ大変そうである。
中島に着いてからの時間も短くなってしまった。神浦港からバスに乗って中島港へ移動すると、行政の仕事をしていそうな方々も一緒にたくさん降りた。そして、駆け足で周辺を散策し、中島港からフェリーに乗って、再び松山へ、というドタバタな流れだった。でも、松山行きのフェリーはとってもゆったりしていて、そうした違いもまた不思議である。
旧中島町(松山市)(1/6)
本土の高浜港を7時40分に出発する高速便に乗ることが、まずは目標だった。これまでの経験でいうと、何分前に来た方が良いかは船ごとによるので、とりあえず7時に着けば、十分間に合うだろうと思っていたら、大間違いだった。
朝7時から、港の券売所は大混雑である。中にはダッシュしている人もいる。むむ? これは、自分が行きたい船に乗ろうとしている人たち‥‥? 乗りたい高速船は中島や、ほかの島々も経由する。なので、みんな最初に乗る船は一緒なのだ。
行列を待っていると「フェリーの人いますう!?フェリーの人いますう!?」と、やさしく窓口のおっちゃんが叫んでいる。高速船よりも、別のフェリーが先に出港すると。そして、ようやく券を買って、船の方へ進むと、これまた大行列である。さすがにものすごい列なので、後ろに並んできた地元っぽい方に「これ、高速船待ちですか?」と聞いたら、合ってるよと。ほんとうに、前にザッと50人は並んでいた。しかもまだ、出発の30分前である。寒風吹くなか、みんな20〜30分、じっと待っていた。
ようやく乗船がはじまって、ぼくも席に座れたけれど、完全に満席だった。高速船でここまでの満席になった経験は、ない気がするなあ。船が混み合う原因のひとつには、減便があるようだ。それも、ここ最近便が減ったみたいで、いろいろ大変そうである。
中島に着いてからの時間も短くなってしまった。神浦港からバスに乗って中島港へ移動すると、行政の仕事をしていそうな方々も一緒にたくさん降りた。そして、駆け足で周辺を散策し、中島港からフェリーに乗って、再び松山へ、というドタバタな流れだった。でも、松山行きのフェリーはとってもゆったりしていて、そうした違いもまた不思議である。



























松山市(2/6)
松山の高浜港に戻ってきてからは、三津浜周辺を散策することにした。もし時間があれば、松山城にも行きたいし、坂の上の雲ミュージアムにも行きたいし、道後温泉にも入りたい。ただ、船との兼ね合いで、どうしても時間に限りがあるので、今回は考え方を変えて、市街地ではない松山の地域を巡りたいと思った。
三津浜は昔からの古い通りが残っていて、漁港からは潮の香りもたっぷりした。「三津の渡し」という約80mの渡船が現役で稼働もしていて、乗ってみるかは分からないけれど、とにかくその場所まで行ってみることにすると、明るい子どもたちの声が聞こえてきて、ちょうど幼稚園か保育園の園児さんたちが、渡船に乗っていたのだった。向こう岸に渡っている最中で、先に着いた園児たちと、船に乗っている園児たちが、「おーい!!」「◯◯くーん!!」と呼び合っていて、ものすごくほっこりした。きっといい体験だろうなあ。そういうシーンだったので、渡船には乗らず、そのまままちを散策させてもらった。
松山の高浜港に戻ってきてからは、三津浜周辺を散策することにした。もし時間があれば、松山城にも行きたいし、坂の上の雲ミュージアムにも行きたいし、道後温泉にも入りたい。ただ、船との兼ね合いで、どうしても時間に限りがあるので、今回は考え方を変えて、市街地ではない松山の地域を巡りたいと思った。
三津浜は昔からの古い通りが残っていて、漁港からは潮の香りもたっぷりした。「三津の渡し」という約80mの渡船が現役で稼働もしていて、乗ってみるかは分からないけれど、とにかくその場所まで行ってみることにすると、明るい子どもたちの声が聞こえてきて、ちょうど幼稚園か保育園の園児さんたちが、渡船に乗っていたのだった。向こう岸に渡っている最中で、先に着いた園児たちと、船に乗っている園児たちが、「おーい!!」「◯◯くーん!!」と呼び合っていて、ものすごくほっこりした。きっといい体験だろうなあ。そういうシーンだったので、渡船には乗らず、そのまままちを散策させてもらった。















旧北条市(松山市)(3/6)
三津浜から海沿いを北へ進んでいくと、旧北条市に入る。もともと「市」だったということは、小さくはないまちだったわけだよなあ。でも、松山市になったことで、北条という土地にこれまで気づけていなかった。
北条市街地に着いて、海岸線に近づいていくと、変わらない港の家並みが広がっていた。磯の香りもするし、地元の方たちがゆったりと過ごしていて、おばあちゃんと挨拶もさせてもらったり。
それに、北条から目と鼻の先に鹿島という島があり、渡船で上陸することもできるみたいだ。最初は山があるのかと思ったら、海岸線まで出てみると、ああ、島だ! と気付かされた。いろんな土地があるものだなあ。
三津浜から海沿いを北へ進んでいくと、旧北条市に入る。もともと「市」だったということは、小さくはないまちだったわけだよなあ。でも、松山市になったことで、北条という土地にこれまで気づけていなかった。
北条市街地に着いて、海岸線に近づいていくと、変わらない港の家並みが広がっていた。磯の香りもするし、地元の方たちがゆったりと過ごしていて、おばあちゃんと挨拶もさせてもらったり。
それに、北条から目と鼻の先に鹿島という島があり、渡船で上陸することもできるみたいだ。最初は山があるのかと思ったら、海岸線まで出てみると、ああ、島だ! と気付かされた。いろんな土地があるものだなあ。












旧菊間町(今治市)(4/6)
再び海岸線を北へ進み、今治市の旧菊間町に向かう。海の景色とともにまちが見えてきて、「瓦の町」と紹介されていた。確かに市街地へ向かう途中、何軒かの瓦屋さんが並んでいた。瓦屋さんが並ぶことって、全国的に見てもそんなにたくさんではないんじゃないかなあ。
あらためて、「瓦のふるさと公園」へ向かうと、正面にドドン、と立派な瓦屋根の建物が。ああ、ほんとうに瓦が有名な土地なのだなあと感じられたし、公園には展望台もあって、のぼってみると町並みを一望でき、その中でも最も多い屋根は瓦だった。そうした姿を見ると、今は今治市ではあるけれど、菊間には菊間の歴史があるのだと感じられる。
再び海岸線を北へ進み、今治市の旧菊間町に向かう。海の景色とともにまちが見えてきて、「瓦の町」と紹介されていた。確かに市街地へ向かう途中、何軒かの瓦屋さんが並んでいた。瓦屋さんが並ぶことって、全国的に見てもそんなにたくさんではないんじゃないかなあ。
あらためて、「瓦のふるさと公園」へ向かうと、正面にドドン、と立派な瓦屋根の建物が。ああ、ほんとうに瓦が有名な土地なのだなあと感じられたし、公園には展望台もあって、のぼってみると町並みを一望でき、その中でも最も多い屋根は瓦だった。そうした姿を見ると、今は今治市ではあるけれど、菊間には菊間の歴史があるのだと感じられる。











旧大西町(今治市)(5/6)
旧菊間町から10kmほど移動し、旧大西町に入った。ふと、通りすがった公園にアート作品があったので立ち寄ってみる。公園は「星の浦海浜公園」で、夏になると海水浴の人たちで賑わうみたい。
そして、市街地の藤山健康文化公園から、隣にある妙見山古墳へ登ってみた。遊歩道がきちんと整備されていて道は安心で、プチハイキングのような感じでちょっと汗もかいた。到着した古墳からは町並みを見渡すこともできて、達成感もあったし、古墳の真ん中にはおそらくお墓があって、防犯性の高いドアがつくられて施錠されていた。
公園には観光バスも停まっていて、最初は団体客も古墳を見に来るんだなあと思ったわけだけど、おそらくバスに乗っていたのは小学生たちで、公園で自由に遊んで過ごしている様子。ぼくも広場で自由に遊びたいなあなんて思う。
旧菊間町から10kmほど移動し、旧大西町に入った。ふと、通りすがった公園にアート作品があったので立ち寄ってみる。公園は「星の浦海浜公園」で、夏になると海水浴の人たちで賑わうみたい。
そして、市街地の藤山健康文化公園から、隣にある妙見山古墳へ登ってみた。遊歩道がきちんと整備されていて道は安心で、プチハイキングのような感じでちょっと汗もかいた。到着した古墳からは町並みを見渡すこともできて、達成感もあったし、古墳の真ん中にはおそらくお墓があって、防犯性の高いドアがつくられて施錠されていた。
公園には観光バスも停まっていて、最初は団体客も古墳を見に来るんだなあと思ったわけだけど、おそらくバスに乗っていたのは小学生たちで、公園で自由に遊んで過ごしている様子。ぼくも広場で自由に遊びたいなあなんて思う。













旧波方町(今治市)(6/6)
最後に向かったのは、旧波方町。どこへ訪れようかと思って、大きな目星をつけられなかったので、まずは波方支所まで向かってみることに。波方、という地名なので海がそばにあるのかなと思うと違っていて、ひっそりとした雰囲気だ。
でも、波方でほかに訪れたい場所はないかなあと思ったところ、ちょうどポスターを発見。それも美しい海の風景だ。そのポスターが示していそうな波方半島の最北端部、大角海浜公園へ向かった。
すると、車がたくさん停まっていて、どうやらみなさんは梅の花を見にきているようだった。観光客というよりも、地元の方々が中心っぽい。
それに、公園のそばでふと野良犬が至近距離に現れて、噛まれてもおかしくないぐらいの距離感まで詰まっていて、ここまでの近さなら走って逃げるのも違うし、いっそ切り替えて「ようっ!」って感じで見つめたら、野良犬は特に何かをするわけでもなく、そのまま一緒に目の前の海を見たのだった。野良犬の表情はとても穏やかで、たのしそうだった。野良犬とはいえ、心が澄んでいると思った。
最後に向かったのは、旧波方町。どこへ訪れようかと思って、大きな目星をつけられなかったので、まずは波方支所まで向かってみることに。波方、という地名なので海がそばにあるのかなと思うと違っていて、ひっそりとした雰囲気だ。
でも、波方でほかに訪れたい場所はないかなあと思ったところ、ちょうどポスターを発見。それも美しい海の風景だ。そのポスターが示していそうな波方半島の最北端部、大角海浜公園へ向かった。
すると、車がたくさん停まっていて、どうやらみなさんは梅の花を見にきているようだった。観光客というよりも、地元の方々が中心っぽい。
それに、公園のそばでふと野良犬が至近距離に現れて、噛まれてもおかしくないぐらいの距離感まで詰まっていて、ここまでの近さなら走って逃げるのも違うし、いっそ切り替えて「ようっ!」って感じで見つめたら、野良犬は特に何かをするわけでもなく、そのまま一緒に目の前の海を見たのだった。野良犬の表情はとても穏やかで、たのしそうだった。野良犬とはいえ、心が澄んでいると思った。










というわけで、今日の散策はここまで。朝は乗船にドキドキしましたが、無事に一日を終えることができてよかったです。そして、明日はさらに朝早い時間から船に乗る予定です。寝過ごさないように。
本日のひとこと
フェリーでは乗ったときと降りたときの出入口が違っていて、潮位と港の高さの違いなのかなあと思いました。
フェリーでは乗ったときと降りたときの出入口が違っていて、潮位と港の高さの違いなのかなあと思いました。
旅を応援してくださる方へ

今回の旅をはじめる前に、自費出版の写真集「どこで暮らしても」を製作しました。東京23区を1200kmほど歩いて巡り、撮影した一冊です。売り上げは旅の活動費として、活用させていただきます。
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(終わり。次回へ続きます)
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