ふるさとの手帖

市町村一周の旅

隠岐諸島の島後、隠岐の島町へ。【旧市町村一周の旅(島根県|7月3日―453日目)】

隠岐諸島の島後、隠岐の島町へ。【旧市町村一周の旅(島根県|7月3日―453日目)】

雨で旅を休んだ2日間、旧玉湯町の玉造温泉に泊まっていました。宿舎が松江市街地とさほど変わらない値段だったので。その期間、少し温泉街も歩いて。そして今朝は、玉造温泉を出発し隠岐へ。島後の旧町村を目指しました。それでは振り返っていきましょう。

今日までの旅メーター

訪れた政令指定都市の区の数 【87/171】

87/171
50.88%
訪れた旧市町村の数【1168/2,094】
1168/2094
55.78%
総計【1255/2,264】
1255/2264
55.43%

スーパーカブの総走行距離
30800km

旧玉湯町→旧都万村→旧五箇村→旧布施村→旧西郷町、の5つ。

今日の旅先のこと
  • 玉造温泉へ。
    玉造温泉へ。
  • カランコロンと音が心地よかった。
    カランコロンと音が心地よかった。
  • 縁結。
    縁結。
  • 足湯もあった。
    足湯もあった。
  • 玉造温泉ゆ〜ゆ。
    玉造温泉ゆ〜ゆ。
  • 玉作湯神社。
    玉作湯神社。
  • ナポリタン、美味しかった。
    ナポリタン、美味しかった。
  • 日が沈む。
    日が沈む。
  • 翌日のお昼は、地元の食堂へ。
    翌日のお昼は、地元の食堂へ。
  • 素敵な店主さんと、お隣さんでうれしい時間だった。
    素敵な店主さんと、お隣さんでうれしい時間だった。
  • 今朝、玉湯支所。
    今朝、玉湯支所。
  • 朝日。
    朝日。
  • 朝の宍道湖。
    朝の宍道湖。
  • 引き締まった空気。
    引き締まった空気。
玉湯町たまゆちょう(松江市)(1/6)
7月1日、初めての玉造温泉。雨上がりの夕暮れに散歩する。湿度が高くて汗をかく。玉作湯温泉を見つけたので、参拝した。6月30日に、人形の大祓祭を執り行うと紙が張られていて、つい昨日のことだ。月曜日で飲食店があまり空いておらず、土産屋の食事処で、演歌を聞きながらナポリタンを食べた。
そして今朝。5時には出発の支度をしてロビーに降りた。今まで若い女性がフロントを担当していたが、今朝はおじいさんが担当のようだ。話しかけてくださり、しじみの味噌汁をわけてくださった。体に染み渡る。元気が出た。
玉造温泉を出発し、国道9号線から朝の宍道湖を眺めた。遠くの市街地が水蒸気にまどろむ。静かな朝日を浴びた宍道湖は、氷を張ったように輝いていた。苦手な9号線も車の数が少なくて、助かる。

  • 旧美保関町を通りながら港へ。
    旧美保関町を通りながら港へ。
  • 朝の港町。
    朝の港町。
  • 七類港へ。フェリーおきに乗る。
    七類港へ。フェリーおきに乗る。
  • 誘導を受けつつ。
    誘導を受けつつ。
  • まもなく。
    まもなく。
  • コンバインも乗船して行った。
    コンバインも乗船して行った。
  • 無事に乗船できた。
    無事に乗船できた。
  • 朝の海。
    朝の海。
  • 出航だ。
    出航だ。
  • 港から離れていく。
    港から離れていく。
フェリーの出航。
松江市を北東へ進み、七類港を目指す。事前にカブの積載を予約したとき、8時までに来るようにと言われていたが、6時45分に港へ着いた。ターミナルは静かで、券売所も閉まっている。人が増えたと感じたのは7時45分だ。そして7時50分にアナウンスが鳴り、券売所が動き始め、一気に騒がしくなった。券を購入し外に出ると、いつのまにか車でターミナルはいっぱいだった。
船の出航は9時だが、8時過ぎには車の乗船が始まった。隠岐汽船のポロシャツを着た係員たちが、連携を取って車を誘導していく。バック駐車で船に入っていくのもなるほど、と。カブは8時20分に乗船した。停車指示はセンタースタンド、ハンドルロック無し。安心できる停め方だ。隠岐汽船は信頼できる。
放送後に島の民謡が流れ、いざ出航だ。デッキにも人が集まっていた。大きな汽笛が鳴る。
11時半、ほぼ定刻通りに島後の西郷港へ着いた。ここから半日で、4つの町を巡る。

  • 旧都万村へ。
    旧都万村へ。
  • 屋那の松原の舟小屋群。
    屋那の松原の舟小屋群。
  • 周辺も歩いた。
    周辺も歩いた。
  • 変わらない風景。
    変わらない風景。
  • 干してあった。
    干してあった。
  • 都万支所。
    都万支所。
  • 支所は小学校跡みたい。
    支所は小学校跡みたい。
都万村つまむら(隠岐の島町)(2/5)
西郷港に着き、旧都万村を目指す。向かっていると、玉若酢命たまわかすみこと神社の看板を見つけた。最後に巡ろうと思っていた旧西郷町のエリアだが、神社なので、最初に行った方が良いと思い立ち寄った。境内には樹齢1500年以上という八百杉が立っていた。隠岐の土地にも1500年という歴史があることを思う。
その後、あらためて旧都万村へ入り、屋那の松原の舟小屋群を訪れた。舟小屋群も、その周辺の港も、ほんとうに変わらない時間だ。小さな浦に漁船が並び、家の気配が変わらず、路面もひと昔前のコンクリートで、背景には自然な山並みが広がる。時間が変わっていない。モノクロをカラーにしたような世界へ、雲の隙間から時折強い日差しが差し込んだ。

  • 旧五箇村へ。
    旧五箇村へ。
  • 川も流れていた。
    川も流れていた。
  • 五箇支所。
    五箇支所。
  • 牛もいた。
    牛もいた。
  • 久見地区へ。
    久見地区へ。
  • 隠岐の島町竹島158km。
    隠岐の島町竹島158km。
  • 久見竹島歴史館に入った。
    久見竹島歴史館に入った。
  • 案内してくださった方のお祖父さんが書いた竹島の地図。
    案内してくださった方のお祖父さんが書いた竹島の地図。
  • 平和がいちばんなんだがなあ。
    平和がいちばんなんだがなあ。
  • 港は大時化だ。
    港は大時化だ。
  • 奥にローソク島も見えた。
    奥にローソク島も見えた。
  • びゅ〜〜。
    びゅ〜〜。
五箇村ごかむら(隠岐の島町)(3/5)
旧都万村の油井という地区を抜けて、旧五箇村へ行こうと思っていたが、工事の通行止めがあるようで、ルートを変更した。五箇トンネルを抜けたとき、少し気配が変わったと感じた。市街地へ着く頃には吹き飛ばされそうな風も吹く。「こんにちはー!せんせー!せんせー!」と家の扉をガラガラと開けて、呼びかける人の近くなどを歩いた。ここにも変わらない風景があった。変わらないということが何か。それはたとえば、むやみやたらに開発されていないこと。旧五箇村のまちは、まだまだ土地に染みついた時間が、そのままあった。
さらに北へ進み、久見という集落にある久見竹島歴史館を訪れた。竹島について、燃えたぎる情熱を持って返還運動をするわけではないけれど、島根県に入ってから、「竹島」という言葉を見かける機会はぐんと増えていた。この機会に歴史館へ訪れよう。と館内へ入ると、長い白髪を結んだ男性が迎えてくださった。竹島についての説明を受ける。かつて、この久見地区には竹島で漁をする人が多く住んでいた。それがサンフランシスコ平和条約の締結に至る間に、ややこしいことになった、と。「この写真はぼくの祖父でね」と白髪の男性は言った。男性の祖父は竹島に漁に出たことのある人で、祖父が書いたという竹島の地図は、とても克明に島の立地や漁場が書き上げられていた。
テレビやインターネットの報道で触れる竹島と、竹島に漁へ出ていた漁師の孫に直接お伺いする話では、感じるものは、当然ながらまるで違う。

  • 旧布施村へ。布施支所。
    旧布施村へ。布施支所。
  • ウミネコがたくさんいた。
    ウミネコがたくさんいた。
  • 市街地を歩く。
    市街地を歩く。
  • 良い道だ。
    良い道だ。
  • 小さな公園。
    小さな公園。
  • 浄土ヶ浦へ。みなさん何かを撮っていらっしゃった。
    浄土ヶ浦へ。みなさん何かを撮っていらっしゃった。
布施村ふせむら(隠岐の島町)(4/5)
強風の中を進み、中村地区を越えて、旧布施村へ入った。町並みには少し石州瓦が増えたような気がする。支所の奥の海辺にはウミネコが大量に集まって、騒がしく鳴いていた。浄土ヶ浦という景勝地にも行ってみた。すると浜に人が集まっていて、各々が三脚を立てて水中にカメラを向けている。何かを狙ってるようだ。尋ねなかったけれど、遠くから見ていて、写真を撮ることも釣りみたいだなと思った。帰り際、キジが水溜りで水浴びをしていたものの、気づいた瞬間にスタタタ、と逃げる。

  • 玉若酢命神社へ。
    玉若酢命神社へ。
  • 社殿にはやはりしめ縄。
    社殿にはやはりしめ縄。
  • 八百杉が見事だった。
    八百杉が見事だった。
  • 中村地区にて。
    中村地区にて。
  • 市街地に近づいていく。
    市街地に近づいていく。
  • 隠岐の島町役場。
    隠岐の島町役場。
  • 西郷港へ。
    西郷港へ。
  • 昔ながらの気配。
    昔ながらの気配。
  • 良いなあ。
    良いなあ。
  • もはや良い。
    もはや良い。
  • 隠岐騒動勃発地。
    隠岐騒動勃発地。
  • 西郷を見渡す。
    西郷を見渡す。
  • 大きな船がたくさんだ。
    大きな船がたくさんだ。
  • 宿舎からは海が見えた。
    宿舎からは海が見えた。
西郷町さいごうちょう(隠岐の島町(5/5)
旧西郷町へ戻る。隠岐の島町役場は立派な建物だった。西郷港にカブを停めて、周辺を散策する。少し規模の大きな港町だが、流れている時間はやはりゆったりだ。川もあれば小さな水路もあり、見える景色は道ごとに異なっていた。ほんとうは、ここで美味しい島の幸を食べられたらよかったけれど、今日はもう、時間がない。まだ、朝から何も食べていなかったので、ふと見つけたパン屋さんでパンをふたつ買った。その後、宿舎へ移動して、荷解きをする。

というわけで、今日の散策はここまで。隠岐へ無事に来れて良かったです。天気も思った以上に晴れてくれました。ほんとうはもっと、数日ゆっくりできたら良いのですが。
本日のひとこと
島の中央部の山岳地帯はずっと太い雲が広がっていて、沿岸部は晴れやすい、という一日でした。

旅を応援してくださる方へ

「どこで暮らしても」の商品ページに飛びます。

今回の旅をはじめる前に、自費出版の写真集「どこで暮らしても」を製作しました。東京23区を1200kmほど歩いて巡り、撮影した一冊です。売り上げは旅の活動費として、活用させていただきます。
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(終わり。次回へ続きます)

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