今日までの旅メーター
訪れた政令指定都市の区の数 【74/175】
訪れた旧市町村の数【645/2,094】 総計【719/2,269】スーパーカブの総走行距離
19060km
目次
秋のカルスト台地を越えて、京築地域の旅へ。(2023年11月26日(日)―234日目)
朝からスカッと晴れた青空が広がって、冷え込みは厳しかったけれど、旅にはベストな1日だ。昨晩は鞍手町で、大学の先輩のおうちにお世話になり、今朝は朝食もご馳走になった。あたたかい心に触れることが、ほんとうにありがたくて幸せだ。
それでは今日も出発しよう。
小倉南区(北九州市)
鞍手町から小倉南区へ向かう。約30キロの移動で「どんなルートで向かうと?」とご家族にも聞かれたけれど、ナビまかせであまり意識していなかった。結局、高速道路が走っている山奥の下道を、うねうねといくつかの峠を越えて進んでいった。高速ならもっと楽なんだろうなあ。
小倉南区役所近くで北九州市立大学の前を通った。大学の前には高校生の制服姿がたくさん見える。試験日や入学式の日によく見かける、チラシ配りの人たちもいる。今日が大学の入試試験日らしい。いい道が拓けますように。
北九州市では山と海が暮らしが印象深いけれど、小倉南区の市街地は山を中心とした風景で、自然との距離がより近く感じられた。小倉南図書館で、勉強している若い人たちの姿も好きだったな。
そして、平尾台のカルスト台地にも訪れた。かつて一度訪れたときは、知り合いの方に車で案内してもらったので、いざ自分でカブに乗って向かうと、「こんなにも標高が高い場所だったんだ!」と気付かされた。街並みが遠景になり、しばらく山を登ったところで、山肌が秋の茶色の芝とススキに変わった。そこに、石灰岩たちがゴロゴロと近くにも遠くにも姿を見せて、壮大な景観が広がっている。いやあ、ガツンとやられちゃうような素晴らしい景色だ。
旧勝山町(みやこ町)
小倉南区から平尾台へ登っていくには距離があるなあと思ったものの、京都(みやこ)郡の方へ下っていくには、近く感じられた。そして、みやこ町の旧勝山町へ。どことなくまちなみの気配が変わった。何をもって雰囲気が変わったと感じるのだろうと考えながら進む。屋根が黒くなったこと、山並みが見える方角、田んぼと家の間隔……、いくつかの要素が混ざり合って、トータルとしてそれが雰囲気として、違うように感じられるはずだ。
綾塚古墳を訪れてみた。遠目からでも大きな古墳で、真横に黄色く染まったイチョウが一本立っている。7世紀前半ごろにつくられた、直径約40メートルの円墳で、花崗岩の大きな岩が積み上げられている。当時の天皇や皇族の陵墓のお墓と、同じ規模の大きさらしい。地域の方々によって、今も守られていることを感じられたのだった。
旧犀川町(みやこ町)
同じみやこ町ではあるけれど、旧勝山町から長いトンネルを抜け、旧犀川町にやって来た。「よってこ四季犀館」によってこ! してみると、うどん屋さんを発見。ここで遅めの昼食。なんと、うどんの並が300円でびっくり仰天だ。さらに、ブロッコリーやさつまいも、にんじん、カボチャ、ナスが一皿にのった天盛りが200円なのだ。嘘でしょ。だから、うどんと天盛りで計500円だった。嘘でしょ。しかも、うどんの出汁は地元の原木椎茸から取っていて、椎茸の旨味があってすごく美味しかった。いやあ、福岡県のうどんレベルは、ほんとうに高いなあ。
旧豊津町(みやこ町)
次にやって来たのは、旧豊津町。「豊前国分寺」と「豊前国府跡公園」を訪れた。名前の通り、かつてこの地域は「豊前国(ぶぜんのくに)」だった。さらに大分県方面へ南下すれば「豊後(ぶんご)」があり、北九州市や筑豊地区は、「筑前」や「筑後」だった。国の成り立ちには地形がやはり関係している。旧豊津町もどちらかといえば北九州側よりも、大分側の雰囲気の方が濃く感じる。
国府跡公園は広々としたスペースの奥に遊具があり、子供たちが親御さんと一緒に走り回っている。見開きのいい景色で、楽しいだろうなあと。
旧築城町(築上町)
最後に築上町の旧市町村を巡る。旧築城町にやってくると、あちこちで交通規制がかかっていて、何やら人も多い。そして、少し前からものすごい轟音が聞こえていて、飛行機だろうかと思っていたわけだが、航空自衛隊の「築城基地航空祭」が開かれていたのだった。納得、納得。ブルーインパルスも飛んでいたみたい。だから、ごく普通に築城駅に行こうとすると通行止めで(築城駅のすぐ裏に基地がある)。ただ、訪れたタイミングはちょうどお祭りが終わった頃合いみたいで、たくさんの人たちが満足そうに帰っていくのだった。年齢層も子どもから年配者まで幅広くて、大きなお祭りであることを感じた。
そのあと、城井川をしばらく上流に進んで、「本庄の大楠」と呼ばれる大きな楠木を見にいった。大楠神社内に聳える大木で、正真正銘の立派な木だった。支える支柱も太くて。どうして人は、大木を見ると心が温かくなるのだろうなあ。
旧椎田町(築上町)
最後に旧椎田(しいだ)町へやって来た。築上町役場を訪れたあと、海のそばにある綱敷天満宮と、その海である浜の宮海岸へ。浜の宮海岸が、ほんとうに素晴らしかった。第一印象は、「なんじゃこの、美しい海は!」である。時間帯も良かった。東の海だから夕日は沈まない。でも、海に柔らかい西日が当たって、夕方なので水平線は淡いピンク色になり、風が凪いでいる上に引き潮だったので、凪いだ浅瀬と小さく波立つ海がお互いに溶け合って、ひとつの風景をつくり出していた。神社に参拝したあとは、もう日が隠れてしまったけれど、東の空に満月に近い月が大きく姿を見せてくれて、ほかの人たちも、その姿に見惚れているようだった。
というわけで、今日の散策はここまで。地域によって、ごく自然なまちの姿があって、ぼくはそれが心に刺さる。
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今回の旅をはじめる前に、自費出版の写真集「どこで暮らしても」を製作しました。東京23区を1200kmほど歩いて巡り、撮影した一冊です。売り上げは旅の活動費として、活用させていただきます。
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