震災の傷跡を見て何を思うか。【日本一周172日目09.16】

震災の傷跡を見て何を思うか。

こんにちは、かつおです。この日は昨日お祭りのあった宮古市から更に三陸海岸を南下していきます。この辺りは特に震災での津波被害が大きかった場所で、ニュースで度々耳にした地名も出てきます。自分の目でそして写真で、自分なりに何か感じ取れるといいな。

今日のルートですが、

(S)宮古市→①浄土ヶ浜(宮古市)→②山田町→③大槌町→④釜石市→⑤大船渡市→⑥陸前高田市→⑦住田町→⑧遠野市→⑨(G)花巻市

のルートです。では行ってみましょう!

(S)宮古市→①浄土ヶ浜(宮古市)→②山田町→③大槌町→④釜石市→⑤大船渡市→⑥陸前高田市→⑦住田町→⑧遠野市→⑨(G)花巻市

 

①三陸を代表する景勝地、浄土ヶ浜。ー宮古市ー

最初に向かうのは同じ宮古市にある浄土ヶ浜という場所。田野畑村にあった「北山崎」と並び三陸海岸を代表する景勝地です。

ゲストハウス3710さん。お世話になりました。

 

お祭りの後、次の日もどうしても朝が早くなってしまうのでお話ができず残念でした。また是非お伺いしたいです。

さて、約10km走り浄土ヶ浜へ。

海岸が見えてきた。

駐車場にバイクを止めて、徒歩で展望台へ向かっていきます。

朝の光。
浄土ヶ浜。

 

見えてきました。「さながら極楽浄土のごとし」というセリフから名のついた場所、綺麗です。

パノラマで。

全景。朝の時間帯で白い流紋岩が本当に綺麗でした。

宮古市。均された場所が多いけど、前を向いて進んでいく。

 

②山田町

そして次に向かったのは山田町。ここでもお祭りをやっていました。

爽やかな海辺。
だけど少し進めば高い防波堤。

 

山田町も震災で大きな被害を受けました。山田湾での津波の高さは推定8~10m、遡上高は最大25mにまで及んだといいます。実際に600人を超える方が亡くなられました。

けど、今日は祭りだ。
太鼓が響く
獅子舞も。
ご利益があります
小さな子供。
そして青年。

 

僕は外の人間だから何もいう資格はないけれど、例えばいま小学生の子は震災の時小さな赤子だったはずだし、若者も小・中学生だったんだと思ったとき、色々なことが頭に浮かんだ。

 

更地の多い道を神輿は力強く進んだのだった。

 

③大槌町

そして次に向かったのは大槌町。大槌町でも800人を超える方々が亡くなられています。

沿岸部。
この日は凪、綺麗な海。
ちなみに元々は砂浜だったんだけど、津波の後になくなってしまった。
波板海岸。

 

海岸を見てびっくりというか最初は実感が湧きませんでした。

④青空に突き刺さる大観音。ー釜石市ー

そして次に向かったのは釜石市。ここでは釜石大観音という大仏を見にいきます。

部活の休憩。
見えてきた。

 

駐車場にバイクをとめて、ここからよいしょと歩いていく。

入り口。

 

道中エスカレーターもあったりしてそれなりに距離も歩くのですが、いよいよ到着。

釜石大観音

 

とにかく大きい。高さは48.5m、美しい白亜の魚藍観音像です。ここから観音さまの中に入って、上へ登っていきます。

観音さまの中にも色んな像が鎮座しています。
こんなお部屋もある。
階段で登れる一番上まで来ました。気持ちいい。
高さ50mですからね。

 

大きな観音さまにしっかりと参拝させてもらいました。

⑤大船渡市

そして次に向かったのは大船渡市。恋し浜という駅を目指します。

防波堤。
小さな集落にも防波堤。
恋し浜駅の前へ。

 

「恋し浜駅」自体は小さく無人駅となっているのですが、恋愛運アップや縁結びのパワースポットといわれ、県内外から訪れる人が絶えない人気スポットだそう。

ポストもピンク。
久慈まで繋がるんだ。

駅舎の中には無数のホタテ絵馬があり、恋愛始め様々な願いが書かれています。
カップルで鳴らすと永遠に結ばれるという鐘です。

 

無人駅でしたが、たくさんの人が来たんだなぁというのを実感しました。

次の町へ向かう途中、工場が印象的だった。

 

⑥奇跡の一本松を見て。ー陸前高田市ー

次にやって来たのは陸前高田市。陸前高田市では1500人以上の方が震災によって亡くなられました。簡単に書いていい数字ではありません。

そしてここには「奇跡の一本松」と呼ばれる松がモニュメントとして残っています。元々は約7万本の松の木が茂る景勝地でしたが、津波の直撃を受け、ほとんどの松の木がなぎ倒されて壊滅しました。

しかし、松原の西端近くに立っていた一本の木が津波に耐えて、立ったままの状態で残ったことから「奇跡の一本松」と呼ばれるようになったのは有名な話です。陸前高田市のみならず広く東日本の太平洋沿岸地域一帯に甚大な被害をもたらした中にあって、この木は震災からの復興への希望の象徴でした。

この松を保護する活動が続けられましたが根が腐り枯死と判断されたことで、震災からの復興を象徴するモニュメントとして残すことになり、幹を防腐処理し心棒を入れて補強したり枝葉を複製したものに付け替えたりするなどの保存作業を経て、元の場所に再び立てられています。

見学に行くにあたって駐車場ができており、ここから歩いて向かいます。構内には観光物産施設もあります。
7年経っても、更地は更地だ。
駐車場の手前も。

そしてここから導線に沿って進んで行き、松のある場所へ向かいます。

遠目から見えて来ました。フェンスと防災無線の奥に。
避難経路も大きく書かれているのが印象的。
奇跡の一本松。

 

後ろには瓦礫が残るけど一本の松は青空の下、堂々と立っていました。

震災を忘れないこと。
もう根元は腐らない。

 

はっきりと自分の目で見て、少しだけ津波のことを想像してみて、自分の非力さというのを痛感しました。

今年は大きな災害が目立ちます。心の中に何か負けない芯をつくったなら、何かが起きたとき立ち向かわなきゃけません。今できることを精一杯やって生きなきゃだ。そう思った。

実際に訪れて感じたものは、多かったです。

⑦住田町

そしてここから、再び内陸部へ向かっていきます。まずやってきたのは住田町。

中学校の試合やってた。
外観は木でできた消防署。
役場も木が綺麗。

 

林業の町なんだと気づきました。

内陸は山に囲まれる。

 

⑧遠野市

そして次に向かったのは遠野市。ここでは道の駅に寄り道します。

県内最大級とのことで、大賑わい。
花。
奥には田園風景。

⑨宮沢賢治のふるさとへ。ー花巻市ー

そして最後は花巻市。花巻市は宮沢賢治のふるさとなんですね。記念館や童話村へ向かいます。

宮沢賢治記念館。
お邪魔します。

 

館内は撮影禁止でしたが、宮沢賢治についての展示盛りだくさん。青森県で太宰治の記念館へ行っているのでその比較ではないですが、同じ分野の人でも全然性格が違うなぁというのを改めて感じました。

注文の多い料理店。グッズショップでした。

 

そしてここから童話村というすぐ近くの村へ向かいます。

記念館は結構小高い場所にある。
やってきました童話村。入り口は銀河ステーション。
中は広々とした広場。

まず中には広々とした広場があり、そこにいろいろなモニュメントが散りばめられています。

そしてここで、童話村内にある「賢治の学校」という施設へ入ります。童話の世界を楽しく遊ぶ「楽習」施設で、「ファンタジックホール」「宇宙」「天空」「大地」「水」の5つのゾーンに分かれていました。

やっぱり宮沢賢治は宇宙についての文が多い。
銀河の世界。
チームラボのような空間です。
自分が星の上を歩いているよう。
どっどど どどうど どどうど どどう

 

賢治の学校、面白かったです。

そしてもうすぐライトアップ。

ここでは現在ライトアップも行われており、夜もたくさんの人で賑わいます。僕はそこまで体力が残っていないので、ここで戻って市内のネットカフェで就寝しました。

震災の風景や童話の世界、今日も色々なものを見たなぁ。

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