ふるさとの手帖

市町村一周の旅

呉の倉橋島と、江田島の旅。【旧市町村一周の旅(広島県)|2月28日―694日目】

呉の倉橋島と、江田島の旅。【旧市町村一周の旅(広島県)|2月28日―694日目】

今日までの旅メーター

訪れた政令指定都市の区の数 【164/171】

164/171
95.90%
訪れた旧市町村の数【1862/2,101】
1862/2101
88.62%
総計【2026/2,272】
2026/2272
89.17%

スーパーカブの総走行距離
44641km

旧音戸町→旧倉橋町→旧大柿町→旧沖美町→旧能美町→旧江田島町→南区、の7つ。
南区
今日の旅先のこと
朝、少しだけ車体が雨で濡れていて、小雨もパラパラと降っていた。出発すると止むかなと思っていたものの、案外、昼過ぎまで雨が降った。でも、冬の雨は雨粒が大きくないので、それだけでもありがたいと感じられる。今日は呉市の倉橋島と、江田島市の旧市町村へ。


音戸町おんどちょう(呉市)(1/7)
呉市街地から南へ進み、音戸大橋を渡る。この音戸大橋がなかなかのループ橋で、大きなカーブなのでちょっと緊張した。旧音戸町に入ってからは、観光文化会館にたくさんの万国旗が飾られているのを発見。明日の土曜日に、朝市が開催されるらしい。1日ずれていたら出会えていたかもしれないけれど、それもタイミングだ。

市街地の周辺も散策してみて、場所によっては坂もあり、斜面にも住宅が建っている。全体的に瓦屋根が多いなあと感じたし、潮の香りも船の音も聞こえて、やはり海がそばにある。市街地だけではなく、いくつかの海岸線沿いにも集落が点在していた。
旧音戸町へ。
お寺関係。
ごゆっくり。
万国旗だ。
倉橋町くらはしちょう(呉市)(2/7)
旧音戸町からもし、最短で江田島方面に向かおうとすれば、旧倉橋町は通過しないかもしれない。旧倉橋町の市街地は、倉橋島の南に位置していて、やや離れているからだ。最初にルートを調べたときも、「ああ、ここにも旧町があったんだ!」と驚きと感動があった。

なかなか雨が降りやまず、ゆっくりと進んで倉橋市街地へ向かう。宇和木地区を南下し、やがてトンネルを抜けたのち、坂の下の市街地と海が見えてきた。旧倉橋町も海のまちである。

看板を見ると、「万葉の里」と紹介されていた。島の南側、すなわち瀬戸内海側にまちが位置していることから、かつては船の交通の要衝として栄え、万葉集の歌にも登場する土地なのだと。

ここへやってくるだけでも、新鮮な気持ちだったけれど、さらに進むと橋を渡って鹿島などへ向かうこともできる。また、ゆっくりと尋ねてみたい土地だ。
温泉もあるんだ。
御座船。
お宝いっぱい万葉の里。
江戸時代に造られたドッグ跡。
ドッグ跡、なるほどなあ。石垣だ。
貝殻がいっぱい。
立派な木だった。
宇和木地区。
大柿町おおがきちょう(江田島市)(3/7)
ここからは、江田島市の旅に移っていく。旧倉橋町から旧音戸町まで戻り、橋を渡って旧大柿町へ。江田島という地名と、大柿という地名はけっこう印象が違うなあと感じる。

江田島市役所まで向かってみて、それから周辺を散策していくと、大原湾と漁港が現れた。かなり深い入江の地形になっていて、ものすごい数の船が停泊している。その光景を見て、この土地らしさを感じるのだった。

近くにあった大柿高校の横断幕には、カヌー部がインターハイに出場したと紹介されていた。静かな大原湾で練習するのかな。水がそばにあって、確かにカヌーもできる環境があるのだろうなあ。
江田島市役所。
カヌー部の横断幕だ。
雨がなかなか止まない。
港を発見。
とても、凪いでいる。
沖美町おきみちょう(江田島市)(4/7)
次に向かったのは、旧沖美町。最初に地図を見たとき、沖美支所が海の近くにありそうだったので、海抜の低い土地が広がっているのかなと思っていたら、イメージと全然違って、海がそばにありながらも、かなり坂の険しい地域だった。郵便局も支所も丘の上にあり、もちろん海岸線に移動もできるけれど、まちの雰囲気としては坂のまちだ。傾斜面につくられた住宅も多く、みかん畑も広がっていた。でも、沿岸には船も見えるし、漁業の文化もあるのだと思う。

いずれにせよ、そのまちの雰囲気というものは、やはり行ってみないと分からないと、つくづく思ったのだった。
旧沖美町へ。
坂の上から。奥は海。
グランピングもあるんだ。
傾斜のあるまち。
沖美支所。
能美町のうみちょう(江田島市)(5/7)
次に向かったのは、旧能美町だ。能美市街地のそばに広がる江田島湾は、数百メートル幅の津久茂瀬戸に挟まれた内湾で、穏やかな瀬戸内海の中でもさらに穏やかな内湾、といった感じなのかなあ。

市街地の港には広島行きの高速船もあるみたいで、まちとしての大きさも感じられる。港の建物にはお好み焼き屋さんもあり、いい香りが届いてくるので、お店に入ろうか入らまいか、ものすごく迷ったものの、「今日は船の移動があるのだから、少しでも時間を大切にしないといけないって、君は分かっているだろう!?」と、かろうじて自分を律して、お好み焼き屋さんには入らず。

港の近くの海岸線にはおそらく牡蠣の養殖棚もあって、広島の牡蠣はほんとうに美味しいよなあと思って、またお腹が空いたり。
旧能美町を進む。
高速船乗り場。
いい匂いが、またするんですよねえ。
養殖棚かな。
歩道がタイル調だ。
「雨だねー」
江田島町えたじまちょう(江田島市)(6/7)
旧能美町から、旧江田島町へ向かった。市街地は道も細く坂もあって、やや入り組んだ地形だ。そして、市街地には大きな敷地があって、そこに海上自衛隊の第1術科学校がある。元々は海軍兵学校の跡地だ。見学もできるようで、明治時代の立派な赤煉瓦の校舎なども残っていると。今回、見学はしなかったものの、周辺のまちでは服屋さんで海上自衛隊の制服や制帽が飾られていたり、実際にかっこいい制服を着た海自の方(おそらく)が歩いていたり、海軍や海上自衛隊が身近にあるということをすごく感じた。

さらに、切串という地域に向かう。カブも乗せられるフェリーの港があり、切串から広島の宇品まで移動するためだ。昼過ぎの便ではあったけれど、利用客もそれなりにいた。先に向こうから降りてきた人たちの中には、自転車に乗っている女子高生もいて、考えるに、船と自転車を掛け合わせた通学だよなあと。なかなか、珍しいんじゃないかな。
旧江田島町へ。
坂も多い。
かっこいい…!
すごいなあ。
切串港へ。
ここから、船に乗る。
ものすごくイギリス。
潮が満ちてきた。
南区みなみく(広島市)(7/7)
無色透明で空と溶け合った海だった江田島だが、船が進んでいくと徐々に空が明るくなった。同じ広島でも島か本土かで、空が変わって不思議である。

30分ほどの船旅で宇品港へ到着。宇品といえば花火大会のイメージが強くて、案外船での利用は経験がなかったのでちょっと新鮮だ。ターミナルも大きいし、広電も直結しているので利便性もいい。海外のお客さんもしっかりいた。

そして宇品からは、比治山公園まで行ってみることに。途中の皆実6丁目ぐらいから、市電と人と車といろんな暮らしがごちゃ混ぜに溢れていて、なんだかわちゃわちゃ。そういう生活感が、またいい。

広島の地形は中洲が多い中で、ぽこっと木々の生い茂る比治山は、やっぱり不思議だなあと感じられる。現代美術館ではPerfumeの企画展示の最中のようで、お客さんの層も若めだった。街並みを眺めると、ビル群の並ぶ風景を見て、自分にとっては懐かしさが込み上げる。広島市に住んだわけではないけれど、やっぱり大学のご縁でほかの都市に比べると、訪れた回数が多いまちだから。
宇品港へ。
もうすぐだ。
到着!
広電も。
皆実辺り。
比治山公園へ。
広島だなあと感じる。
というわけで、今日の散策はここまで。最後、南区を巡ったのち、翌日は東京で予定があり、広島駅から夜行バスに乗ったのでした。
本日のひとこと
夜行バスに乗る前に、カブのオイル交換をしてもらい、広島駅でサンライズ出雲の乗車券を発券(東京への用事ののち、倉敷で用事があったため)したりしました。
旅を応援してくださる方へ
「どこで暮らしても」の商品ページに飛びます。
今回の旅をはじめる前に、自費出版の写真集「どこで暮らしても」を製作しました。東京23区を1200kmほど歩いて巡り、撮影した一冊です。売り上げは旅の活動費として、活用させていただきます。
写真集の商品ページはこちら

(終わり。次回へ続きます)

LEAVE A REPLY

*
*
* (公開されません)

RECENT ARTICLES

Follow me