今日までの旅メーター
訪れた政令指定都市の区の数 【87/171】
訪れた旧市町村の数【1163/2,094】 総計【1250/2,264】スーパーカブの総走行距離
30647km
今日の旅先のこと
出雲市を巡ったあと、松江市へ。翌日は雨で休み、土曜日に松江市で知り合いのご夫婦にお会いした。美味しい蕎麦をご馳走になり、松江城の遊覧船をご一緒し、松江の情緒にたっぷりと触れさせてもらった一日で。
土曜日の朝。待ち合わせの時間まで、松江城の近くを散策してみる。江戸時代の町割りが残っていて、お堀を遊覧船がゆったり泳いでいた。青空が広がり、風情も鮮やかで。遠くには国宝・松江城が見える。このとき初めて松江城を見た。今までなぜか、出会うことのなかった城だった。ようやくはじめまして。
友人ご夫婦にお会いして、松江城の近くにある八雲庵という蕎麦屋さんを目指す。名店ゆえ並ぶだろうかと話をしていたものの、行列なく入ることができた。庭園が見える座敷で、明るい女将さんがおすすめを教えてくれる。割子そば付きで、看板メニューの鴨なんばんにした。
待ち時間にいろんな話をする。ご夫婦とはずいぶん前から知り合いだ。二人とも年上で、落ち着きがあり、気配りがすごく丁寧で、チャーミングさも纏っていて、自分が同じ年齢になったとき、二人のような円熟さには到達できる気がしない。そんな二人の愛情が娘さんに大切に注がれることが、嬉しい。
やがて蕎麦も届いた。今まで島根県で何度か蕎麦を食べてきて、その違いを探してきたけれど、ようやく分かったかもしれない。と感じるぐらい、鴨なんばんは美味しかった。二人にご馳走になり、頭が上がらない。お店を出る頃には、大変な行列ができていた。
待ち時間にいろんな話をする。ご夫婦とはずいぶん前から知り合いだ。二人とも年上で、落ち着きがあり、気配りがすごく丁寧で、チャーミングさも纏っていて、自分が同じ年齢になったとき、二人のような円熟さには到達できる気がしない。そんな二人の愛情が娘さんに大切に注がれることが、嬉しい。
やがて蕎麦も届いた。今まで島根県で何度か蕎麦を食べてきて、その違いを探してきたけれど、ようやく分かったかもしれない。と感じるぐらい、鴨なんばんは美味しかった。二人にご馳走になり、頭が上がらない。お店を出る頃には、大変な行列ができていた。
蕎麦を食べ終わる頃、「松江城のお堀を船で巡るのはどう?」とあたたかなお誘い。移動して船乗り場へ。松江城の堀川巡りは乗り場がいくつかあり、今日はフリーパスで途中下車もできるという。ぼくたちのチームと、県外出張男性二人組、ゆったり観光ご夫婦の3組が同乗し、船は出発。船頭さんの解説で気づいたけれど、船は手漕ぎでもガソリンエンジンでもなく、電動モーターだった。Hondaによって開発された船で、実証実験を経て、今年から本格的に導入されたと。音も静かに進んでいく。ゆったりした船の上で、松江城の古い石垣を眺め、何ヶ所か低い橋の下を通るときには船の屋根がたたまれて、私たちも前かがみになった。船頭さんが歌をうたってくれたときは、みんなで拍手した。途中の船乗り場で1組ずつ途中下車し、最後はぼくたちだけの貸切になった。娘さんが泣きそうになっても、「いくらでも泣いていいからね」と、信頼できる船頭さんのもと、堀川を一周した時間は、これからも松江のことを忘れない、思い出の宝箱になってくれた。
堀川の船を降り、友人ご夫婦とお別れをして、ひとりで松江城跡に入った。黒々と輝く天守。甲冑を着た男性が、「国宝でござるな」と城を案内していた。堀尾氏、京極氏、松平氏とひきつがれた城が、今もまだ現存している。急な階段をのぼった先の最上階からは、市街地を一望できた。松江も大きな街だ、とあらためて感じる。
その後、武家屋敷を巡り、小泉八雲記念館を訪れた。小泉八雲のことをぼくはこれまで知らなくて、記念館で見聞きすることが初めてだった。ギリシアの小さな島で生まれ、16歳で右目を失明してしまい、アメリカへ渡って新聞記者になり、ある日古事記に出会い、39歳で日本へ訪れ、小泉セツとの結婚で、日本国籍となった。小泉八雲と名を改め、代表作「怪談」をはじめとした作品を世に残した、波乱万丈の人生。小泉八雲が大切にした心は、開かれた精神だった。自分だけの価値観でものを解釈してはいけない。それは彼が生きた人生そのものでもある。54歳という生涯を知り、とても大きな活動量だと思った。
そして、来年後期からは小泉八雲の妻である、小泉セツが主人公のNHK連続テレビ小説「ばけばけ」が放送される。小泉セツの企画展も見ることができた。松江に訪れて、小泉八雲とセツの風土を感じているからこそ、どんな朝ドラになるのかとても楽しみだ。松江が秘めているエネルギーは、とても大きい。
その後、武家屋敷を巡り、小泉八雲記念館を訪れた。小泉八雲のことをぼくはこれまで知らなくて、記念館で見聞きすることが初めてだった。ギリシアの小さな島で生まれ、16歳で右目を失明してしまい、アメリカへ渡って新聞記者になり、ある日古事記に出会い、39歳で日本へ訪れ、小泉セツとの結婚で、日本国籍となった。小泉八雲と名を改め、代表作「怪談」をはじめとした作品を世に残した、波乱万丈の人生。小泉八雲が大切にした心は、開かれた精神だった。自分だけの価値観でものを解釈してはいけない。それは彼が生きた人生そのものでもある。54歳という生涯を知り、とても大きな活動量だと思った。
そして、来年後期からは小泉八雲の妻である、小泉セツが主人公のNHK連続テレビ小説「ばけばけ」が放送される。小泉セツの企画展も見ることができた。松江に訪れて、小泉八雲とセツの風土を感じているからこそ、どんな朝ドラになるのかとても楽しみだ。松江が秘めているエネルギーは、とても大きい。
というわけで、今日の散策はここまで。友人ご夫婦のご縁で、松江の風情にたくさん触れることができた一日でした。出雲弁ですが、だんだん!
本日のひとこと
夜は大学の同級生と会って話をした。出勤時間の早朝、宍道湖でしじみ漁をしている船を見ると、がんばろうと思える、って。
夜は大学の同級生と会って話をした。出勤時間の早朝、宍道湖でしじみ漁をしている船を見ると、がんばろうと思える、って。
旅を応援してくださる方へ
今回の旅をはじめる前に、自費出版の写真集「どこで暮らしても」を製作しました。東京23区を1200kmほど歩いて巡り、撮影した一冊です。売り上げは旅の活動費として、活用させていただきます。
写真集の商品ページはこちら
(終わり。次回へ続きます)
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