ふるさとの手帖

市町村一周の旅

日田市で出合う、さまざまなストーリー。【旧市町村一周の旅(大分県|5月2日―392日目)】

日田市で出合う、さまざまなストーリー。【旧市町村一周の旅(大分県|5月2日―392日目)】

前日の雨が少しまだ残っていて、朝は肌寒い曇り空。今朝は九重町を出発し、日田市へ進んでいきます。道中に玖珠町というまちを通過しましたが、ここは親友の故郷です。今回は散策そのものはしませんでしたが、まちのシンボルである伐株山を久しぶりに見て、彼の顔が思い浮かびました。それでは、日田市へ入って行きます。振り返っていきましょう。

玖珠町のシンボル、伐株山。

今日までの旅メーター

訪れた政令指定都市の区の数 【86/171】

86/171
50.29%
訪れた旧市町村の数【1002/2,094】
1002/2094
47.85%
総計【1088/2,264】
1088/2264
48.06%

スーパーカブの総走行距離
27066km

旧天瀬町→旧大山町→旧前津江村→旧中津江村→旧上津江村→日田市、の6つ。

今日の旅先のこと
  • 高塚愛宕地蔵尊へ。
    高塚愛宕地蔵尊へ。
  • 山菜だ。
    山菜だ。
  • 参道を進む。まだちょっと朝早い。
    参道を進む。まだちょっと朝早い。
  • お掃除だ。
    お掃除だ。
  • ろうそくもある。
    ろうそくもある。
  • そして参拝。
    そして参拝。
  • 社殿の奥には、お地蔵さんが並んでいました。
    社殿の奥には、お地蔵さんが並んでいました。
  • 洞窟の中も入ってみると、お地蔵さんがたくさん。
    洞窟の中も入ってみると、お地蔵さんがたくさん。
  • 旧天瀬町の市街地へ。
    旧天瀬町の市街地へ。
  • まちなみ。
    まちなみ。
  • 玖珠川と、奥には温泉街もあります。
    玖珠川と、奥には温泉街もあります。
  • 工事も同時に。
    工事も同時に。
天瀬町あまがせまち(日田市)(1/6)
旧天瀬町では「高塚愛宕地蔵尊たかつかあたごじぞうそん」という場所を最初に目指します。駐車場に着いたときの広さから、立派な観光地だなあと。ご本尊に向かう参道にもお土産屋さんがびっしりと並んでいました。社殿に飾られたお花が綺麗で、お酒の一升瓶の供え物も何十本と並んでいて、人々から愛されている場所であることが伝わってくる。社殿の奥にはお地蔵さんが数え切れないほど鎮座していて、洞窟の中にもたくさんいました。なので、ぼくはてっきり、お寺なのかなという気持ちで参拝をして、地蔵尊を後にしたわけですが、正確には神社とのことでした。さらにいうと、神仏混淆の形式を残していると。神も仏も、「祈る」ことはきっと同じで通じていますよね。
その後、玖珠川沿いの市街地を散策します。温泉街が広がっていましたが、川沿いの護岸工事も続いていて、雨の影響なのかなあということも。

  • 進撃の日田だ。
    進撃の日田だ。
  • 大山ダム。とても迫力がある。
    大山ダム。とても迫力がある。
  • そこに、エレンとアルミンとミカサ。
    そこに、エレンとアルミンとミカサ。
  • 進撃の巨人では、ぼくは、エルヴィン・スミス推しです。
    進撃の巨人では、ぼくは、エルヴィン・スミス推しです。
  • 旧大山町の市街地。
    旧大山町の市街地。
  • 山あいに、集落が広がっていました。
    山あいに、集落が広がっていました。
  • 畑も。
    畑も。
  • 進撃の巨人 in HITA ミュージアムへ。
    進撃の巨人 in HITA ミュージアムへ。
  • かっこよかった…。
    かっこよかった…。
  • 諫山先生の少年期の展示も多くて、すごく良かった。
    諫山先生の少年期の展示も多くて、すごく良かった。
  • 寄せ書き。
    寄せ書き。
  • 道の駅で日田梨サイダーを買った。
    道の駅で日田梨サイダーを買った。
大山町おおやままち(日田(2/6)
次にやってきたのは、旧大山町です。「大山ダム」を目指して進んでいくと、たどり着いた駐車場はダムの下流側でした。たいてい、ダムを目指すと放流ゲートの上に着きますが、今回は下なのだなと。ただ、その理由がよくわかりました。見上げる大山ダムはまさに巨壁で、人工物の無機質さと、威圧感に押されてしまう。そして、その手前に、進撃の巨人のキャラクターであるエレン、アルミン、ミカサの像が建っていました。大型巨人が顔を出しそうなイメージが、すごく明確に伝わってきます。諫山創先生が、日田市の出身であることは知っていましたが、旧大山町の出身だということまでは知りませんでした。進撃の巨人の壁の着想をここから得た(かもしれない)ということも、驚きましたし、なるほど、と思わされて。確かに、リンクしていると感じる部分が多いからです。
その後、「道の駅 水辺の郷おおやま」に併設されている、「進撃の巨人 in HITA ミュージアム」へ訪れました。諫山先生のインタビューを見て、「生まれたときから山、谷の中に住んでいた感じです」と、ルーツが旧大山町であることを感じたし、現在は日田市のためにいろんな活動をしているのだなあと知って、とてもかっこいいと感じました。ふと、中学校の寄せ書きが展示されているのが目に入り、少しだけ読んでいると、ひとり達筆の字があって、こう書かれていました。「内に秘めた、すごいものがあるように思います。いつかそれを外に出して下さい。楽しみにしています。」予言みたいですよね。

  • 旧前津江村へ。
    旧前津江村へ。
  • 前津江振興局。
    前津江振興局。
  • 村民憲章だ。
    村民憲章だ。
  • 暮らしを歩く。
    暮らしを歩く。
  • 川津しゃくなげ園へ。
    川津しゃくなげ園へ。
  • まちを眺める。
    まちを眺める。
  • 花も綺麗でした。
    花も綺麗でした。
  • ここにも暮らしがあるのだなあ。
    ここにも暮らしがあるのだなあ。
  • 葉っぱ。
    葉っぱ。
前津江村まえつえむら(日田市)(3/6)
ここから、日田市の中でもさらに山間部へ進んでいきます。大山ダムを上流へ進んだ先に、旧前津江村は位置していました。前津江振興局の周辺を散策します。集落が広がっていましたが、平地はほとんどなく、斜面に家々が建っていて、山に囲まれた集落であることが感じられます。近くに「川津シャクナゲ園」なるものがあり、花のつき方で現在は入場無料とのことで、入ってみました。無料だとしても花々がとても綺麗で、じゃあ有料ならば、もっと綺麗なんだろうなあということも思ったり。遠くからは子どもたちの賑やかな声が聞こえてきて、心も明るくなりました。

  • 旧中津江村へ。中津江振興局。
    旧中津江村へ。中津江振興局。
  • 昔ながらの気配。
    昔ながらの気配。
  • 山林も近い。
    山林も近い。
  • 消防団。
    消防団。
  • 地底博物館 鯛生金山へ。日韓W杯のときに、カメルーン代表がキャンプをしたんだね。
    地底博物館 鯛生金山へ。日韓W杯のときに、カメルーン代表がキャンプをしたんだね。
  • 鯉のぼりと。
    鯉のぼりと。
  • 坑道へ進む。苔が美しい。
    坑道へ進む。苔が美しい。
  • いざ、坑道へ。
    いざ、坑道へ。
  • いろんな人物の像があった。
    いろんな人物の像があった。
  • 錆も味。
    錆も味。
  • 坑道がイルミネーションになっている場所もあった。すごく綺麗で。
    坑道がイルミネーションになっている場所もあった。すごく綺麗で。
  • 水が流れ落ちる。
    水が流れ落ちる。
中津江村なかつえむら(日田市)(4/6)
再び旧大山町まで戻り、そこから山を登っていく。約30kmほどの移動です。GWなのでおそらく交通量も多いですし、細い山道かつ登り坂がメインだったので大変でした。ぼくのカブ号は上り坂であまりスピードが出ないので、いつも後続車に抜いてもらうのですが、脇で一時停止できる場所もなかなかなくて。それでもなんとか旧中津江村の市街地へ辿り着いて、ひと安心。振興局近くの集落は景色もひらけて、落ち着いた雰囲気でした。
さらに、ここから道の駅にある「地底博物館 鯛生金山」を目指します。福岡県旧矢部村との県境付近です。かつての金山で栄えた歴史が残されており、全長1kmの坑道を歩きました。坑道の中は14度で保たれており、ちょっと涼しい。夢とロマンをかけた思いがここにたくさん詰まっていたわけですが、栄枯盛衰を感じますし、この歴史が実際に「今」にもつながっているし、とにかく、この時代をここで生き抜いた方々には、ゆっくり休んでください、という気持ちでした。

  • 旧上津江村へ。上津江振興局。
    旧上津江村へ。上津江振興局。
  • 周辺は静かな気配。
    周辺は静かな気配。
  • 道の駅 せせらぎ郷かみつえ。
    道の駅 せせらぎ郷かみつえ。
  • レモンケーキ。ひとつ落として土がついたけれど、どちらも美味しかった。パワーが出た。
    レモンケーキ。ひとつ落として土がついたけれど、どちらも美味しかった。パワーが出た。
  • 近くの清流も気持ちいい。
    近くの清流も気持ちいい。
  • 自然がそばにある。
    自然がそばにある。
  • おじゃましました。
    おじゃましました。
上津江村かみつえむら(日田(5/6)
鯛生金山から再び旧中津江村の市街地を越えて、川の合流地点で南へ進んだ先に、旧上津江村は広がっていました。まずは上津江振興局へ向かってみます。どん、と立派な建物ですが、周辺の住宅はまばらで、ほかには裏の製材工場が煙を吐き出しているぐらい。集落が広がっておらず、阿蘇市の旧波野村を思い出しました。中心的な集落を形成するというよりも、同じ規模の小さな家々が、バラバラに点在しているという感じ。地形がそうさせるのではないのかなあと。
その後、「道の駅 せせらぎ郷かみつえ」へ。川原川の清流沿いにある道の駅で、散策をしても気持ちがいい。すでに夕方も近づいていましたが、まだ朝から何も食べていなかったので、地元産の手作りレモンケーキを2個買いました。とっても美味しそう。ただ、ベンチに座って食べようとしたのですが、最初に封を開けたレモンケーキを落としてしまい、ケーキの体半分ぐらいにかなり土がつき。ああ、せっかくのレモンケーキが…。でも、正直空腹に耐えられなくて、気持ち程度土を払って、そのまま食べました。体力ゲージは10のうちの2ぐらいで、食べなきゃ、体が持たなくて。それで、ああ、こういうとき、土がついていることよりも、食欲の方が勝るのだなあということを学びました。ジャリジャリしました。

  • 日田市街地へ。三隅川が見事。
    日田市街地へ。三隅川が見事。
  • 豆田町を目指そう。
    豆田町を目指そう。
  • 暮らしの中を歩きつつ。
    暮らしの中を歩きつつ。
  • 放課後の時間。
    放課後の時間。
  • 工事の後かなあ。
    工事の後かなあ。
  • 豆田町へ。
    豆田町へ。
  • 小さな水路も綺麗。
    小さな水路も綺麗。
  • こんにちは。
    こんにちは。
  • 電柱が少ないので、空も広く感じる。
    電柱が少ないので、空も広く感じる。
  • なまこ壁。
    なまこ壁。
  • 渋いなあ。
    渋いなあ。
  • 廣瀬資料館へ。
    廣瀬資料館へ。
  • 心高身低。
    心高身低。
  • 三隅川近くを散策。
    三隅川近くを散策。
  • より綺麗だった。
    より綺麗だった。
  • 心が洗われる。
    心が洗われる。
  • 宿泊先から、まちなみを。
    宿泊先から、まちなみを。
  • 日が沈むころ、肉眼では彩雲も見えて、鳥のようでした。
    日が沈むころ、肉眼では彩雲も見えて、鳥のようでした。
日田市ひたし(6/6)
旧上津江村から、日田市街地へ戻っていきます。時間があれば、日田市街地よりもさらに北に位置する、小鹿田焼の里へ向かいたかったのですが、旧上津江村からは50km弱離れていて、今回は体力と時間が足りないと判断し、断念。いつか行ってみたい場所です。そして、日田市街地まで30kmほど、今度は山道を下っていくように進んでいきます。これまでずっと、山の中を進んできたので、日田市街地を流れる三隅川が初めて見えたとき、空の広さに感動しました。最初から日田市街地にいたら、ここまで感動しなかったように思います。ずっと山に囲まれていたのに、同じ内陸のまちに、こんなに空の広い場所があるのかと。
そして、有名な観光地ではありますが、豆田町を中心に散策しました。昔ながらの町並みが美しく残されていて、放課後の時間、この町を自転車で駆け抜けていく青少年がとても爽やかです。
どこか、建物の中に入ってみたいなあと思っていたところ、昔の商家の建造物が見学できるとあって、入り口を探しましたが、開いていない。今日は閉まっているのか、と、散策を再開して、そののちに「廣瀬資料館」と出合いました。ここで、廣瀬淡窓ひろせたんそうのことを知りました。江戸時代の儒学者であり、日田にあった日本最大規模の私塾「咸宜園」の創始者だと。咸宜園跡のことは情報として持っていたので、つながった! と。
この、廣瀬淡窓をはじめとする廣瀬家の人々の生き方は、とても素晴らしかったです。家訓は「心高身低しんこうしんてい」。志は高く、身は低くということ。淡窓の父は論語が好きで、父の影響も受けた淡窓は、学問や文化人に多く触れて育ったこと。そして、人々の学びを助ける私塾をひらいたと。どこで暮らしていても、何を大切にして生きるか、それが、時代と合わせて、その人の活動を、ひろがっているように感じました。良い出合いに感謝です。

というわけで、今日の散策はここまで。日田市だけでもとても広くて、無事に巡ることができてホッとしています。そして、日田市の解像度が、自分の中でひろがりました。それぞれの場所に、やはり歴史と暮らしが存在していましたから。
本日のひとこと
定番かもしれませんが、「想夫恋焼の想夫恋 総本店」で夕食を。焼きそば大盛り、カウンター席に座り、目の前で料理人さんが作ってくれて、もやしのシャキシャキ、ソースの香ばしさ、細麺のわずかなパリパリ具合がたまらず、すごく美味しかったです。

旅を応援してくださる方へ

「どこで暮らしても」の商品ページに飛びます。

今回の旅をはじめる前に、自費出版の写真集「どこで暮らしても」を製作しました。東京23区を1200kmほど歩いて巡り、撮影した一冊です。売り上げは旅の活動費として、活用させていただきます。
写真集の商品ページはこちら

(終わり。次回へ続きます)

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