ふるさとの手帖

市町村一周の旅

岡山県の北東部、美作市の大冒険。【旧市町村一周の旅(岡山県|7月21日―471日目)】

岡山県の北東部、美作市の大冒険。【旧市町村一周の旅(岡山県|7月21日―471日目)】

今日までの旅メーター

訪れた政令指定都市の区の数 【87/171】

87/171
50.88%
訪れた旧市町村の数【1235/2,094】
1235/2094
58.98%
総計【1322/2,264】
1322/2264
58.39%

スーパーカブの総走行距離
32239km

旧吉井町→旧英田町→旧作東町→旧大原町→旧東粟倉村→旧勝田町→旧美作町、の7つ。

今日の旅先のこと
7時40分に出発。堂々と晴れていて、セミの鳴き声も元気に聞こえてきます。今日は赤磐市を通り、美作市の旧市町村を巡っていきます。がんばって進みましょう。
吉井町よしいちょう赤磐市あかいわし(1/7)
赤磐市でひとつ残っていた、吉井町へ。市街地へ訪れる前に、「石上布都魂いそのかみふつみたま神社」という神社へ行ってみました。市街地よりもずっと西にあり、建部や御津寄りの立地です。

訪れてみると、想像以上に山の中に位置していて、ラストスパートも坂をグッと登った先に駐車場がありました。

まだ朝早い時間ですが、参拝客もぼくだけではありません。知られている神社なのだなあと。素戔嗚尊にまつわる神社とのことです。ぼくは神さまたちのエピソードが整理できていないので、わかりやすい古事記の本とか読めないかなあ、なんて思っています。
石上布都魂神社へ。
茅の輪があれば、くぐる派です。
その後、美しい里山を抜けて、吉井川沿いの国道に合流し、北上してまもなく市街地へ入りました。

今度は吉井城山公園に向かって行くと、グラウンドがあり、女子ソフトの選手たちが坂道ダッシュをしていたり、サッカー場では大人の方々が試合をしていたり、スポーツで賑やかです。

さらに、まだ営業時間前で入れませんでしたが、周匝茶臼山城跡の天守まで向かいました。すると、学生たちがここまでランニングでやってきて、「ナイスランー!」「ナイスラン〜!」と互いに声掛けをして励まし合っています。

いや、走ってきました、と簡単にいえる暑さや優しい坂道ではありません。ハードな道のりでした。しかも城跡に着いて、休む間もなく帰り道のランニングが始まって颯爽と戻っていきました。妥協しないチームというのは、応援したくなりますよね。
田んぼが美しい。
里山を抜けていく。
市街地へやってきた。
つちのこだ!
吉井支所。
城跡公園から。
周匝茶臼山城跡。
かっこいい。
豊かな風景だ。

英田町あいだちょう美作市みまさかし(2/7)
吉井町から吉井川沿いを北上していくと、英田町に到着しました。なんて読むんだろうなあ、と直前まで分からずにいて、「あいだ、か!」と。

支所に着いて、周辺を散策していきます。多分中学校からだと思いますが、フルートの音色が聞こえてきて、部活動の姿を思い浮かべました。
歩いた集落は、小さくて穏やかな暮らしが流れていました。大きな特徴があるかないかや、それを感じるか感じないかは、タイミングや気持ちにもよるでしょう。集落を歩きながら感じられたささやかな暮らしの気配が、小さなことかもしれないけれど嬉しかったです。
英田支所。
干してあった
薪になるのかな。
町並みを見渡す。
小さな暮らしが流れている。

作東町さくとうちょう(美作市)(3/7)
美作市街地の南に位置する英田町から、美作市街地の東に位置する作東町まで移動しました。ちょっとだけ心配なのは、向かって行く方面に入道雲が育っている気がすること。また、関係ないところでは、金属バットを担ぐみたいに草刈機を担ぐおじいちゃん集団にも出会いました。

元々、作東総合支所を目指していましたが、途中の美作江見駅周辺が、作東町の市街地だと感じられて、カブを停めて散策します。支所が市街地にある場合と、市街地からは外れている場合、どちらもありますから。
美作江見駅。
吉野川沿い。
そして、作東総合支所に向かうと、やや小高い場所に立地しており、そばにはホテルもありました。お洒落な塔も見えます。

もう少し歩いてみるとグラウンドもあり、小学生たちがサッカーの練習に精を出していました。遠巻きに見守っている保護者のみなさんも、暑い中お疲れさまです。
銅像を発見。
暑い中お疲れさまです。
恋人の聖地でした。

大原町おおはらちょう(美作市)(4/7)
作東町から北東の方角へ約20km移動し、大原町へ入りました。道中は美しい緑の風景が続き、カブで進みながらうっとり。また、事前のリサーチで漏れていたものの、これまでの美作市の散策の中で、「宮本武蔵誕生の地」が、大原町あたりにあることを感じていました。

あらためて調べてみると、やはり大原町にその場所があるとのことで、まずはそこを目指します。生誕地の周辺は「武蔵の里」として整備されており、広い駐車場にカブを停めました。

駐車場に宮本武蔵の生涯をまとめた大きな紹介文があり、読んでみます。思えば、宮本武蔵がどんな人物なのか、詳しく知りませんでした。

剣豪として名を馳せたことはわかっていても、幼少期から厳しい訓練を受けていたこと、自分に厳しく、高齢になるまで精神的な鍛錬を欠かさなかったこと。そういったことは知りませんでした。

剣豪としての強さだけではなく、心の強さも兼ね備えた人物だったと。宮本武蔵が自分で開いた悟りの世界をたくさん持っているように感じました。
武蔵の里へ。
宮本川が流れます。
宮本武蔵生誕の地。
暑いでしょう、と観光協会のおじさんが冷たいタオルをくれた。
たけぞう茶屋で、冷たいうどんを食べた。たけぞうは、武蔵のことか。
二刀流麺もあったけれど、暑いので。
その後、武蔵の里からもさほど遠くない、大原市街地へ。ここには旧因幡街道の大原宿の町並みが残されているとのことで、行ってみました。

主要道路から道をひとつ入ったところに大原宿があり、街道には電線がなく空が広く感じられ、道路もコンクリートから白基調に変わり、とっても懐かしい光景が広がっていました。

いくつか、立派な建物の屋根に飛び出した箇所があって、建物の紹介を読んでみると、「煙出し」という名称だと。なるほど、竈の煙を出すためのものかあ。

歩いてみて、とてもいい雰囲気の宿場町でした。汗だくの格好でなければ、入ってみたいカフェのようなお店もあったなあ。
暑いねー。
大原宿へ。
花瓶にひまわり。
煙出し。
いい町並みだ。

東粟倉村ひがしあわくらそん(美作市)(5/7)
やはり、ひと言に語ることはできませんが、西粟倉村がますます全国に名を馳せるようになり、東粟倉村の存在が気になっていました。

いつか、岡山のテレビニュースで東粟倉村の方を取材した映像を見たことも覚えています。美作市になってどうですか? みたいな。

そう、美作市になって、東粟倉村のことがぼくはなかなか見えずにいました。だから、地名というものの移り変わりは、影響を受けるものだなあとも感じます。

さて、東粟倉村は、大原市街地からかなり近くに立地する村でした。北東へ道なりに進むと、「ようこそ東粟倉へ」と看板に書かれています。

ここにも集落が広がっているのだと、新鮮な気持ちになりました。宮崎県小林市の須木村みたいに、山奥の中の山奥に、まちが現れたという印象で。まずは市街地へ。
東粟倉村へ。
豊かな緑。
東粟倉総合支所。
非常に山奥の村です。
ツノだ。
山の高さが、格段に上がった。
さらに、市街地よりも奥にある「愛の村パーク」を目指します。山奥にある村から、もっと山を登った先にあり、ひとことに山奥といっても、山の気配というか、レベルが違いました。もう、山のスケールが、これまでよりも数段上がったような雰囲気の中に、キャンプ場や遊具の施設が。

ただ、本館が営業していなかったのと、愛の村パークの山の上に、まもなく雨が降りそうな入道雲が出来上がってきたので、素早く山を降りて行きました。
愛の村パーク。
とっても山奥です。
畑も発見。
すごい山奥で。ここも東粟倉、そして、岡山県なのだなあと。
カブも一枚。

勝田町かつたちょう(美作市)(6/7)
東粟倉から一気に移動して、勝田町へ向かいました。大原町を通り、緩やかな山の風景を抜けて市街地に入ると、奥の山並みがとっても綺麗で惹かれます。

あれは、どこの北の山だろう。たぶん、県境となっている中国山地の山々だと思いますが、遠い山の色が違って、見事なコントラスト。

その後、市街地を散策していきます。梶並川沿いに小さく河岸段丘のような地形ができ、川を挟んで見える景色に味があり、とても好きでした。
勝田町へ。遠くの山並みが綺麗だ。
勝田総合支所。
市街地を歩きます。

美作町みまさかちょう(美作市)(7/7)
最後にやってきたのは、美作町です。元々は美作町で、合併後に美作市になったのだなあと。

勝田町から南へ下っていき、途中で振り返るとものすごい巨大な入道雲が見えて、どきっとしました。この雲の動きはほんとうに紙一重だし、晴れか大雨か、地上はびっくりするほど景色が違いますから。

市街地を抜けて、湯郷温泉を歩きました。今日はここで、素泊まりの宿も取っています。温泉街は一度来たことがあるけれど、ふらっと散策するのは初めて。

散策のあと、「現代玩具博物館・オルゴール夢館」にも入りました。ドイツのバウハウス、スイスのネフ社など、オモチャやデザインに関わる展示を見て、実際に遊べるオモチャもあって、ぼくも結構遊びました。頭を使うし、没頭できるっていいですよねえ。

積み木を一番難しい積み方で積もうとして、スタッフさんが、「完成したらインスタグラムに上げてもいいですか!」と期待してくださったのですが、何度チャレンジしてもダメでした。いやあ、悔しい!

そして、受付の方に「16時からオルゴールショーがありますので」と言われていて、見学することに。年配のご夫婦と、子供連れのご家族も一緒です。

このショーが、とっても面白かった。1700年代のディスクタイプと呼ばれるオルゴールの紹介から始まり、大きな円盤から流れるルージュの伝言を聴いてうっとりし。

オルゴールは箱に入っていますが、箱の大きさによって聞こえる音量が大きく変化することも、知りませんでした。またまたあ、と思うかもしれませんが、びっくりするぐらい、箱の大きさで音量が変わって。

ほかにもオルゴールの音色とともに、動くからくり人形の紹介もありました。人間が動いているようだったし、精巧なつくりだなあと。ショーは40分あったのですが、あっという間で。
北の方角に大きな入道雲。
美作市役所にも。
周辺を散策。
湯郷温泉街へ。
温泉街を歩きました。
現代玩具博物館・オルゴール夢館へ。
積み木で集中して遊んだ。
いろんなオルゴールたち。
おっきなオルゴールから、おっきなメロディーが聴けました。
ぜんまいで動くからくり人形。
博物館を出ると、雲がもっと大きく近く。

というわけで、今日の散策はここまで。美作市というひとつの括りでは出会えなかった景色に、たくさん出会うことのできた1日でした。また、入道雲は事前に通過した地域にも届いていて、紙一重だったので、雨に濡れずに巡ることができて感謝です。
本日のひとこと
最近は米津玄師の「さよーならまたいつか!」をよく聴いています。走りながら歌ってもいる。

旅を応援してくださる方へ

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今回の旅をはじめる前に、自費出版の写真集「どこで暮らしても」を製作しました。東京23区を1200kmほど歩いて巡り、撮影した一冊です。売り上げは旅の活動費として、活用させていただきます。
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(終わり。次回へ続きます)

COMMENTS & TRACKBACKS

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  1. 長谷 71歳 横浜市

    かつおさんの旅の写真と文をいつも静かに感動しながら拝見しています。旧美作町は私の故郷です。6歳で養女にいき離れましたが、心にはいつも美作で過ごした日々の景色があります。もう10数年帰省しておらず、たぶんもう帰ることはないのではと思います。今回かつおさんが訪ねてくださり、母校の小学校があった湯郷の街の写真を見られてとても嬉しいです。山や川、家並み、風景を美しく撮影してくださりありがとうがざいます。これからも無理なさらずご安全に旅を続けて、よい写真と文を届けてください。毎夜の更新を楽しみにしております。

  2. 長谷様

    コメントいただきありがとうございます。お言葉とても嬉しく、こちらこそ元気をいただいた気持ちです。旧美作町がご出身地なのですね。湯郷の町並みも、吉野川の流れも山並みも、とても大好きですし、これからも長く残っていくと良いなあと思うばかりです。はい、体調に気をつけてコツコツ、旅を進めていきます。この度はほんとうにありがとうございます。

    仁科拝

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