ふるさとの手帖

市町村一周の旅

熊山遺跡や旧閑谷学校。先人がもたらしたもの。【旧市町村一周の旅(岡山県|7月20日―470日目)】

熊山遺跡や旧閑谷学校。先人がもたらしたもの。【旧市町村一周の旅(岡山県|7月20日―470日目)】

今日までの旅メーター

訪れた政令指定都市の区の数 【87/171】

87/171
50.88%
訪れた旧市町村の数【1228/2,094】
1228/2094
58.64%
総計【1315/2,264】
1315/2264
58.08%

スーパーカブの総走行距離
32086km

旧瀬戸町→旧山陽町→旧赤坂町→旧熊山町→旧佐伯町→和気町→旧吉永町、の7つ。

今日の旅先のこと
今日は岡山市を出発し、瀬戸町から赤磐市や和気町、備前市の町を巡っていきます。朝は雨が降ったみたいで、路面が濡れていました。それでは振り返っていきましょう。
瀬戸町せとちょう(岡山市)(東区)(1/7)
まだ、天気のレーダーを見ると山口や広島では雨が降っているようで、今日もどこかで雨が降るかもしれないな、と思いつつ出発しました。瀬戸町へ向かっていく空は、蜘蛛の巣みたいにところどころに晴れ間が見えています。

瀬戸町は岡山市北区に位置する、内陸の町。一方で、瀬戸内市も近くにあり、瀬戸内市の牛窓や邑久は瀬戸内海に面しています。

そして、瀬戸町は戸建ての多い市街地でした。古い家がそばにあるほど、道も細い。山陽本線の瀬戸駅からは、結構たくさんの人たちが降りてきて。中学生が体操服で部活に向かっている姿も見えます。土曜日の朝からみんながんばっている。お疲れさまだ。日常と生活。
瀬戸町へ。
チコちゃんだ。
木の電柱。
瀬戸駅。
瀬戸支所。

山陽町さんようちょう(赤磐市)(2/7)
次にやってきたのは、山陽町。今まで赤磐市という市名しか聞いたことがなくて、かつて合併があったのだなあと、この旅で知る。

瀬戸町からは非常に近く、砂川沿いを進み、峠もなくすーっと自然に山陽町へ入りました。低い山並みと田んぼの風景が広がり、徐々に市街地の雰囲気が増していきます。

山陽町でも市街地を散策しました。セミも「俺たち今、元気です!」と鳴いている。お店が並ぶ大きな道と、住宅街の細い道では、町の印象も結構違っていました。大きな道だとすごく栄えた町にいるようにも感じるけれど、住宅街はもっと素直で素朴。地図を見て、集合団地もあったので、暮らしの数は多く、お店や道路も大きいのだろうなあと。
工事中の公民館。
塀に通貨があった。
静かな朝。
図書館も。
赤磐市役所前。
もう一箇所、山陽ふれあい公園にも立ち寄りました。やや小高い場所に位置し、田んぼと住宅も見渡すことができて。ベンチでおじいちゃんたちが熱い井戸端会議をしていたり、犬の散歩をしていたり。

みなさん、とっても暑そうではあるのですが、生活は続いている。
山陽ふれあい公園へ。
グラウンドだ。
 
赤坂町あかさかちょう(赤磐市)(3/7)
山陽町から北へ5kmほど進んだところに、赤坂町はあります。赤坂は東京だけではないということですね。同じく市街地には砂川が流れていて、小さな暮らしが広がっていました。

赤坂支所の前には公民館があり、社会福祉に関するフェアが行われるみたいで、関係者らしき方々が集まっていました。どんな土地でもイベントがあるのはいいなあと思います。

また、防災放送も流れました。熱中症アラートが発令されているので、気をつけてくださいと。コンビニの前では長袖の服を着て、工事をしている男性方もいます。もちろん聞こえていたことでしょう。それぞれ、いろんな気持ちが交錯しながらも、暑さに注意しましょう。
赤坂支所。
砂川沿い。
お地蔵さんだ。

熊山町くまやまちょう(赤磐市)(4/7)
次にやってきたのは熊山町。まずは市街地へ。遠からず近からず山に囲まれていて、町名の由来である熊山がどの山かはまだ分からない。田んぼもありつつ、畑も目に入ります。

小学校では若い方が駐車場を誘導しているようで、やっぱり今日はお祭りやイベントが多いのかなあと。
熊山支所。
畑と。
多分、小学校。
吉井川。
そして、町名でもある熊山へカブで登っていきます。岡山県東備地域では最も高い山で、山頂付近にはピラミッドのような石積が残っている場所。

山道を登る間、空は明るいですが小雨も降りました。道は細いけれど舗装はされていて、対向車に気をつけながら進んでいきます。対向車は2回くらいでしたが、一度、目の前に鹿が現れて、「んぐぉっ」って声が出ました。

ようやく駐車場についてから、遺跡のある500m先へ徒歩で。入口から早速、紙垂が付けられていて、遺跡でありつつ、祭祀に関わる気配も。

途中、神社を見つけたので石段を登って立ち寄り、その後、熊山遺跡へ到着しました。石積みが四段、綺麗に積まれている。一番上の段も平らで、スペースを埋める石垣も細かい。

岡山県の北房の旅で見た大谷遺跡の方が大きいとは感じたけれど、熊山の山頂付近にこうしたものがつくられているということを思うと、大きさではないということか。

すぐそばには展望台があり、とっても清々しい景色が広がっていました。市街地がよく見えて、小豆島の島影も。昼食を取っている登山客もいました。
熊山遺跡への入口。
登山客ともすれ違った。
熊山神社。
そして、熊山遺跡。立派なピラミッド型の石積みだ。
展望台から。
瀬戸内海の奥は小豆島。
日本には不思議な場所がいっぱいある。

佐伯町さえきちょう(和気町)(5/7)
さて、熊山を降りてから次に向かったのは、和気町旧佐伯町です。和気町の市街地よりも吉井川を上流へ進んだ先にある町。

広い田んぼが手前に広がり、奥の山の斜面や麓に沿って、町並みが見えます。近づいていくと、吉井川の流域。

市街地で目立っていたのは、「サエスタ」という建物。コミュニティセンターとのことで、いろんな用途があるのだとは思うけれど、名前もかっこいいですよね。

ほかにも片鉄ロマン街道のルートがありました。片上鉄道は、かつて鉱物や人々の輸送に使用された路線で、平成3年に廃線になったと。それらの中でもまだ面影を残す場所に看板などが立っており、ぼくが見つけた場所は住宅街の中でした。
佐伯町へ。
佐伯庁舎。
かつてここには鉄道が通っていたと。
プールのシャワー。
大きなサエスタ。

和気町わけちょう(6/7)
吉井川を下流へ進み、和気市街地へやってきました。10kmほどの移動ですが、空がより広くなったように感じ、和気駅周辺も町らしさを感じます。
駅の近くにお洒落な見た目のパン屋さん(兼カフェ?)があって、ソフトクリームを買っていくお客さんもたくさん。ここでパンを二つ買いました。すでに13時半を回っていたのに、昼食のことをすっかり忘れていて、パン屋さんを見た途端にお腹が空くっていう。
和気町へ。
和気駅。
パンを買った。夏野菜入り。
和気町役場。
その後、和気神社へ行きました。御祭神でもある和気清麻呂は、奈良時代に天皇の側近として仕えた人物。

赤い橋を渡った先、鳥居の手前にはドンっと立派な清麻呂像が建っていました。想像以上に大きくて、高さ4.63m、台座1.8m、合わせて6.43m。これは、千波湖畔の徳川光圀公の銅像よりも高いのではないか……!

さらに、狛犬ではなく狛猪が神社を守っており、普通ならなで牛の置物もなで猪でした。猪が清麻呂を守ったというエピソードが謂れですが、ほかの神社ではなかなか見ない光景です。
和気神社へ。高さ6m以上の清麻呂像。
おっきいなあ。
「我独慙天地」。天に恥じないように。
参拝しました。
狛猪だ。
カエルを発見。

吉永町よしながちょう(備前市)(7/7)
最後にやってきたのは、吉永町です。和気町からもとっても近くてすぐに到着しました。セミの鳴き声が響く中で、静かな暮らしを歩きます。
吉永駅。
静かな暮らしを歩く。
その後、「八塔寺ふるさと村」へ行くか、「旧閑谷学校」へ行くかで迷った末、一度訪れたことはあるものの、旧閑谷学校へ。前回訪れたのは7、8年ぐらい前なので、あらためて行ってみたかったわけです。

受付を抜けて目の前に広がる旧閑谷学校を見て、なんて清々しい空気感だろう、と心底感じたのが正直な気持ちです。以前訪れたときと、変わらないような気がする。もちろん、前回のことを詳しく覚えてはいないのに、ずっと変わらずにいますよ、という安心感がある。

講堂にも久しぶりに上がりました。光と障子が美しく、そして縁側に座ったら、いくらでもこのまま座っていられるなあと。トンボが飛んでるのをじっと見る。こういう時間だよなあ、大切なのは、と。ほんのり木の香りもしました。

さらに、受付の方に「資料館もありますので」と紹介してもらい、講堂よりも奥にある資料館へ向かいました。ここに資料館があるとは知らなかった。

ひと通り順番に見た後、最後に空調の効いた部屋があり、入ってみると旧閑谷学校版の「美の巨人たち」が放映されていて。

2017年に製作された、25分ほどの番組でしたが、ほんとうに面白かった。いかに旧閑谷学校がすごいか。岡山藩主の池田光政、閑谷学校を設計した津田永忠。彼らの考えや生き方には、大切なものがたくさん詰まっているなあと。

教育というものは、やっぱり、すごく大事だと思わずにはいられません。特に、藩校の時代によく教えられていた四書五経は、2000年経っても通じていたわけで、今も通じる。

江戸から明治にかけて日本の中枢を担った人物の中で、藩校などで学んだ人は多くて、やっぱり、専門的な学問もだけれど、こうした学びを受けている人たちは人間としての在り方が、かっこいいんだよなあ。
旧閑谷学校へ。

床が300年経っても輝いているのは、屋根に壁土を使っていないから。

かまぼこ型の石塀が760m途切れずに続く。ものすごい技術の結晶。
資料館にも入りました。
備前市の花火大会。
旧閑谷学校を訪れた後、備前市のビジネスホテルに泊まったのですが、なんと徒歩で歩いて行ける港で花火大会があると。

でも、宿を予約したのは2日前のことなので、遠方からのお客さんが多いわけではないのだと思います。超有名な花火大会では宿がなかなか取れませんし。

だから、地元の方々が集まるお祭りに参加することができて、うれしかったです。屋台で夕食を食べた後、閲覧席に座ってみなさんお行儀よく花火を待ちます。

約1時間、今年初めての花火を見ました。花火って、ものすごい音が鳴るんだなあとか、山奥の動物たちも見てるのかなあとか、海の魚も花火のこと知っているのかなあとか。
というわけで、今日の散策はここまで。みなさんが住んでいる場所にお祭りはありますか。良い夏をお過ごしください。
本日のひとこと
花火大会の30分前、目の前に月が急に浮かび上がったのが、とても印象的でした。

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今回の旅をはじめる前に、自費出版の写真集「どこで暮らしても」を製作しました。東京23区を1200kmほど歩いて巡り、撮影した一冊です。売り上げは旅の活動費として、活用させていただきます。
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(終わり。次回へ続きます)

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