
今日までの旅メーター
訪れた政令指定都市の区の数 【170/171】
訪れた旧市町村の数【1899/2,101】 総計【2069/2,272】スーパーカブの総走行距離
45374km

今日の旅先のこと
夜から朝にかけて雨が降った。それでも出発の時間帯には雨が弱くなってくれて、とてもありがたい。今日は砥部町から内子町まで内陸部を訪れて、最後は伊予市街地へ抜けて行った。それでは振り返っていこう。
砥部町(1/6)
昨日、カブのメーターが98,998kmで旅を終えたので、出発して2km走ったところで写真を撮った。これで99,000km。あと1,000kmで、この子も10万キロを走ることになる。ほんとうにカブ号のおかげで旅が続けられている。感謝の気持ちを忘れないことだ。
砥部町は河岸段丘が発達していて、坂のまちでもあると感じた。そして、名前の表札に砥部焼が使われていたり、家の軒先などにいろんな陶器が並んでいたり、さすが砥部焼の地である。砥部焼伝統産業会館の横に砥部焼の聖火台が展示されていて、映画で使用されたそうだけれど、ものすごくカッコよく、見惚れてしまうのであった。
砥部町(1/6)
昨日、カブのメーターが98,998kmで旅を終えたので、出発して2km走ったところで写真を撮った。これで99,000km。あと1,000kmで、この子も10万キロを走ることになる。ほんとうにカブ号のおかげで旅が続けられている。感謝の気持ちを忘れないことだ。
砥部町は河岸段丘が発達していて、坂のまちでもあると感じた。そして、名前の表札に砥部焼が使われていたり、家の軒先などにいろんな陶器が並んでいたり、さすが砥部焼の地である。砥部焼伝統産業会館の横に砥部焼の聖火台が展示されていて、映画で使用されたそうだけれど、ものすごくカッコよく、見惚れてしまうのであった。















旧広田村(砥部町)(2/6)
砥部市街地から、峠を越えて旧広田村へ。山道を走るとなると、とにかくカブではスピードが出ないので、後続車との関係性が大切になる。煽られないように会釈したり、追い抜いてもらったり。ただ、昨日の久万高原町へ向かう道よりも、旧広田村へ向かう道のほうが交通量は少なかったので、走りやすかった。移動中は小さな雨が降っていて、旧広田村に入る頃にはようやく雨も止んでひと安心。
旧広田村の市街地は、小さな盆地の集落だった。住宅は昔ながらの雰囲気で、豊かな里山の風景を感じる。ふと、耳を澄ませると「ほー、ほけきょ!」とウグイスの鳴き声が。今年初めて聞くウグイスの鳴き声かもしれないと思った。ああ、次の季節が近づいているのだなあと、うれしくなるばかりだ。
砥部市街地から、峠を越えて旧広田村へ。山道を走るとなると、とにかくカブではスピードが出ないので、後続車との関係性が大切になる。煽られないように会釈したり、追い抜いてもらったり。ただ、昨日の久万高原町へ向かう道よりも、旧広田村へ向かう道のほうが交通量は少なかったので、走りやすかった。移動中は小さな雨が降っていて、旧広田村に入る頃にはようやく雨も止んでひと安心。
旧広田村の市街地は、小さな盆地の集落だった。住宅は昔ながらの雰囲気で、豊かな里山の風景を感じる。ふと、耳を澄ませると「ほー、ほけきょ!」とウグイスの鳴き声が。今年初めて聞くウグイスの鳴き声かもしれないと思った。ああ、次の季節が近づいているのだなあと、うれしくなるばかりだ。











旧小田町(内子町)(3/6)
旧広田村からさらに南へ進み、旧小田町へやってきた。市街地を清らかな小田川が流れていて、里山らしい風景が美しい。道の駅では地元のおばあちゃんたちがベンチに座っておしゃべりしていてたのしそうだ。
道の駅の食事処を見ると、たらいうどんが有名とあって気になった。たらいうどんは徳島に訪れたら食べてみたいなあと思っていたけれど、愛媛にもあるのだと。紹介文には小田の郷土料理とあって、せっかくなのでいただいてみようと。
注文するときに、あったかいの冷たいの、どちらが一般的ですか? と尋ねると、あったかい方ですね、と。というわけで、あったかいたらいうどんを注文だ。並のサイズでも400gで、大きなたらいで持ってきてくださった。麺は丸くて柔らかく、濃いめのつゆが美味しい! しかも、つゆに大豆が入っていたことにも驚いた。うどんと一緒に食べると食感が変わるのだ。
とても美味しかったし汗もかいた。地元の料理をいただけてうれしいなあ。
旧広田村からさらに南へ進み、旧小田町へやってきた。市街地を清らかな小田川が流れていて、里山らしい風景が美しい。道の駅では地元のおばあちゃんたちがベンチに座っておしゃべりしていてたのしそうだ。
道の駅の食事処を見ると、たらいうどんが有名とあって気になった。たらいうどんは徳島に訪れたら食べてみたいなあと思っていたけれど、愛媛にもあるのだと。紹介文には小田の郷土料理とあって、せっかくなのでいただいてみようと。
注文するときに、あったかいの冷たいの、どちらが一般的ですか? と尋ねると、あったかい方ですね、と。というわけで、あったかいたらいうどんを注文だ。並のサイズでも400gで、大きなたらいで持ってきてくださった。麺は丸くて柔らかく、濃いめのつゆが美味しい! しかも、つゆに大豆が入っていたことにも驚いた。うどんと一緒に食べると食感が変わるのだ。
とても美味しかったし汗もかいた。地元の料理をいただけてうれしいなあ。














旧五十崎町(内子町)(4/6)
旧小田町から西へ進み、旧五十崎町にやってきた。「いかざき」って、なかなか読めないなあと思う。内子市街地からわずかに南に移ったところに、五十崎の市街地が広がっていた。
緩やかな盆地の地形で、落ち着いた時間の流れを感じる。川の両岸に住宅が広がっていたし、遠く山の斜面にも集落があるようだった。
ちょうど12時になったタイミングで、ポップなベートーヴェンの第九が流れた。いろんな曲が流れるけれど、第九は初めてかもしれない。まちにはいろんな個性があって面白いよなあ。









内子町(5/6)
旧五十崎町から移動してまもなく、内子町の市街地へ。旧五十崎町を先に訪れてからだと、さらに市街地の住宅の数も増えて、大きなまちに感じられた。
今回は、六日市と八日市のまちなみを歩いてみよう。それぞれ道がつながっていて、坂を登った先にある八日市のまちなみは、町並み保存区に指定されている。
戸を開けるときに手を引っ掛けるところが三日月の形だったり、大きな鬼瓦があったり、いろんな住宅の装飾が印象的で、古いものもあれば、新しい建物にそうした趣向が散りばめられているものも。平日なので比較的ひっそりとしていて、日本人だけではなく韓国の方も多いようだった。
そして、往路で見つけていた神社と展望台に、復路で立ち寄ってみると、とてもいい眺望だった。内子町のまちなみを思いっきり見渡すことができる。Googleのレビューで見ても、そこへの場所はほとんど紹介されいていないし、たぶん穴場なので、まちなみを眺めたい人には、ひっそりとおすすめしたい。
旧五十崎町から移動してまもなく、内子町の市街地へ。旧五十崎町を先に訪れてからだと、さらに市街地の住宅の数も増えて、大きなまちに感じられた。
今回は、六日市と八日市のまちなみを歩いてみよう。それぞれ道がつながっていて、坂を登った先にある八日市のまちなみは、町並み保存区に指定されている。
戸を開けるときに手を引っ掛けるところが三日月の形だったり、大きな鬼瓦があったり、いろんな住宅の装飾が印象的で、古いものもあれば、新しい建物にそうした趣向が散りばめられているものも。平日なので比較的ひっそりとしていて、日本人だけではなく韓国の方も多いようだった。
そして、往路で見つけていた神社と展望台に、復路で立ち寄ってみると、とてもいい眺望だった。内子町のまちなみを思いっきり見渡すことができる。Googleのレビューで見ても、そこへの場所はほとんど紹介されいていないし、たぶん穴場なので、まちなみを眺めたい人には、ひっそりとおすすめしたい。


























旧中山町(伊予市)(6/6)
最後にやってきたのは、旧中山町だ。国道56号線に入り、伊予市街地へ抜けていく途中に市街地が広がっている。やはり国道沿いということもあって、規模の大きな里山だと感じる。山に囲まれていながらも空は広くて、雰囲気も明るい。春が似合うまちだ。
国道の左右の道をいずれも歩いてみて、内側に入ると昔ながらの通りが広がっており、暮らしの気配を感じられる。地元の中学生たちが道路沿いで黙々と掃除をしていて、なかなかすごいなあと思ったのだった。
最後にやってきたのは、旧中山町だ。国道56号線に入り、伊予市街地へ抜けていく途中に市街地が広がっている。やはり国道沿いということもあって、規模の大きな里山だと感じる。山に囲まれていながらも空は広くて、雰囲気も明るい。春が似合うまちだ。
国道の左右の道をいずれも歩いてみて、内側に入ると昔ながらの通りが広がっており、暮らしの気配を感じられる。地元の中学生たちが道路沿いで黙々と掃除をしていて、なかなかすごいなあと思ったのだった。










その後、伊予市街地の五色浜へ着いたタイミングで、ちょうど14時半だったので、海を前に黙祷できると思った。今日は3月11日。場所はまるで違うけれど、海はつながっているから。もちろん、ただの自己満足かもしれないけれど、構わない。それ以上もそれ以下もない。同じ日本だから。ただ、そう思う。



本日のひとこと
夕食をいただいた地元の食堂で、韓国のカップルがやってきて、食堂のおじちゃんと日本語で会話ができなかったので、カタコトイングリッシュでエセ通訳っぽいことをしました。
夕食をいただいた地元の食堂で、韓国のカップルがやってきて、食堂のおじちゃんと日本語で会話ができなかったので、カタコトイングリッシュでエセ通訳っぽいことをしました。

旅を応援してくださる方へ

今回の旅をはじめる前に、自費出版の写真集「どこで暮らしても」を製作しました。東京23区を1200kmほど歩いて巡り、撮影した一冊です。売り上げは旅の活動費として、活用させていただきます。
写真集の商品ページはこちら
(終わり。次回へ続きます)
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