磐梯山に野口英世、会津の歴史の奥深さ。【日本一周180日目09.24】

磐梯山に野口英世、会津の歴史の奥深さ。【日本一周180日目09.24】

旅メーター

旅で訪れた都道府県の数 【36/47】

36/47
76.60%
今回の旅の目標(市町村の数)【1,000/1,741】
1000/1741
57.44%
実際に訪れた市町村の数 【868/1,741】
868/1741
49.86%

 

磐梯山に野口英世、会津の歴史の奥深さ。

こんにちは、かつおです。

今日は郡山市から会津地方へ向かっていきます。磐梯山や会津の方へはいつか行って見たいと思って今たが、福島って面白いなぁと感じた1日でした。

ルートですが、
(S)郡山市→猪苗代町→磐梯町→北塩原村→喜多方市→湯川村→会津坂下町→会津美里町→会津若松市

です。さぁ行ってみましょう!

(S)郡山市→①猪苗代町→②磐梯町→③北塩原村→④喜多方市→⑤湯川村→⑥会津坂下町→⑦会津美里町→(G)会津若松市

①野口英世のふるさと、猪苗代町。

まず最初に向かったのは猪苗代町。名前の通り、猪苗代湖がそばにある町です。

猪苗代湖
水もこの透明度。

とても透き通った湖です。

そして近づくと徐々に磐梯山が大きくなっていきます。

磐梯山。

 

野口英世記念館

ここで見学したのは野口英世記念館という施設です。野口英世の生家もあり、英世の生涯について学ぶことができます。

野口英世記念館

 

では行ってみましょう。

最初の順路で、英世の生家があります。
貧しい家庭に生まれました。

志を得ざれば 再び此処を踏まず。

この言葉は英世が医者になると決心した際、家の壁に残した言葉。志を得るまでは此処へ戻らないという覚悟を表しています。

そして館内の展示。

恩師の小林先生。

英世のロボット、人間みたいに動きます。
左手のケガ。

 

英世は1歳の時に大やけどを負ってしまい、左手が自由に使えませんでした。それはコンプレックスでもあり、心の傷でもありました。大人になってからの英世の写真の多くも左手は隠れています。そんな中、真面目な英世に様々な縁が重なり、手術によって左手が使えるようになったのです、これが医者を志すきっかけだったと言います。

まさに偉人そのものだ。

一通り展示を見たけれど、すごすぎるの一言でした。努力の鬼といいますか、世の中のために全てを尽くしたといいますか。

とても刺激になりました。「忍耐は苦い、しかしその実は甘い」この言葉は染みた。

②磐梯町

そして次は磐梯町へ。

道の駅ばんだい
誘導お疲れ様です。
街を見下ろす。


今日は中秋の名月。

 

もうそんな季節かと、不思議な気持ち。

③「裏磐梯」と呼ばれるスポット。ー北塩原村ー

次に向かうは北塩原村です。磐梯町からゴールドラインと呼ばれる山道を超えていく。磐梯山の裏側に当たるので、「裏磐梯」と呼ばれることが多い場所です。祝日だったのでバイクもたくさん通っていました。

道の途中、猪苗代湖を臨めました。

そして、桧原湖という場所に向かいます。

桧原湖
遊覧船を見る
着港
裏磐梯。

③長床、新宮熊野神社。ー喜多方市ー

そして次は喜多方市。

街角。
まずはラーメン館へ。

喜多方といえば思い浮かぶのは「喜多方ラーメン」ラーメン館もあり街を上げてラーメンの街という感じがしました。

食べに行こう。

僕も事前に行きたいお店を調べていて、そのお店へ行って見たのですが、

なんだと。

 

ちょうどお昼時だったんですが、エゲツないくらい並んでました。これくらい並んでるときっぱり諦めがつきます。

ので、一旦此処で食べるのやめて、本来の目的地へ向かいます。

新宮熊野神社

 

新宮熊野神社という神社ですが、ここには「長床」と呼ばれる国の重要文化財があります。

お邪魔します。

長床。

少し分かりづらいですが、壁も扉もない吹き抜けの建物です。

柱は44本

これまでに見たことのない建物でした。


大イチョウ。

長床のそばには大イチョウがあります。本当に立派です。

⑤湯川村。

そして次は湯川村。

家族連れ。

道の駅へ。
裏側の景色。
賑わっていました。

⑥会津坂下町

次は会津坂下町。あいづばんげまちと読みます。

商店街

懐かしい雰囲気です。

⑦伊佐須美神社ー会津美里町ー

次は会津美里町。伊佐須美神社という神社へ向かいます。福島西部で一番格式高いと言われる神社です。

伊佐須美神社
菅原神社の撫でべこ

仮社殿

 

本来は本社殿・神楽殿・神饌所があったのですが、2008年に火事で焼失してしまったそう。

にゃぁ

⑧鶴ヶ城にて会津の歴史を学ぶ。ー会津若松市ー

そして最後に向かうは会津若松市。ここでは鶴ヶ城にて会津の歴史を学びます。

その前に、

ラーメンを食べましょう。

行列をなしてた喜多方のお店のご兄弟さんがやられてるというお店へ。こってりっぽくてあっさり、量も多くて美味しかったです。

はい、そして鶴ヶ城へ。

鶴ヶ城。
商店街も賑わっていました。
投扇興。扇子を投げるやつ。

 

そしてここから鶴ヶ城内へ入って行きます。撮影OKの箇所とNGの箇所がありました。

かつて塩を保管していた。

天守から。
街並み

 

ここで様々な展示を見たのですが、非常に面白かったです。

会津藩は大政奉還後の変革期において旧幕府勢として最後まで新政府軍に戦った藩。

松平容保や白虎隊、汚名をきせられた会津藩の悲劇は見ていて辛いものもありました。

西郷隆盛の薩摩藩とは正反対の立場、視点が変われば見方も全然違うなと。進撃の巨人でパラディ島とマーレ陣営の戦いを両方の視点から見ているのと同じような。

結果として会津藩は敗れ、戦後も大変辛い生活を送ることとなりますが、でも守ろうとした「正義」は間違ってなかったんだろうなと感じました。

そしてもう一つ面白かったこと。麟閣という茶室。

麟閣。
待ち合いみたいな場所です。
麟閣の歴史

 

千利休が豊臣秀吉に死を命じられ、千利休の子たちにもその危害が及ぶ可能性がありました。そんな状況下で利休の子である少庵がかくまわれたのがこの会津の地。利休の死後、茶道が途絶えなかったのはこの時代の会津領主、蒲生氏郷が少庵をかくまい、秀吉に許しを請い、再興の基礎を作ったからなのです。

茶室。
3つの流派。

 

何より知らなかったことは、ここから茶道が再興することになりますが、少庵の孫らによって「武者小路千家」「表千家」「裏千家」が同時に興ったことです。主流となる3つの流派はこの流れで生まれたんだと知りました。知識不足かもしれないけどビックリ。

またお稽古を積みたい。ちなみに僕は裏千家。

 

と行った形で、会津の歴史、茶道の歴史、たくさん学ぶことがありました。会津はこんなに歴史が深いんだなと。今日1日色々なものを見ることができました。

会津は歴史が深い。

明日も良い日になりますように。

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